「風邪引きの平日」



翠「うー…」

布団の中で大きく伸びをする。風邪を引き始めてから今日で二日目。
温かい格好をしてゆっくり寝たはずであるのだが、運の悪いことに昨晩よりも悪化しているようだ。
今日はもうダルくて起き上がる気すら起こらない。きっと熱も上がっているんだろう。
けほけほと咳をしながら、同じく風邪を引いて寝込んでいるはずの蒼星石のことを考える。
この風邪の原因にもなったあの日。蒼星石の告白。思い出すだけで、熱とは別の意味で顔が熱くなった。
思わず、近くに置いてあった大きな兎のぬいぐるみを引き寄せてボカボカ殴る。
そんな時、部屋の扉が開かれて、

蒼「翠星石?起きてる?」

お盆に色々載せて蒼星石がはいってきた。
驚いた翠星石は、思わずぬいぐるみを放り投げた。

翠「なにやってるのです!蒼星石も風邪引いてるんですから、
  看病はおじじとおばばに任せて寝ているのです!」
蒼「おじいさんはお店に出てるし、おばあさんも今買い物だから…
  僕の事は気にしないで。翠星石よりは体調もいいみたいだし」

そう言って、軽く咳をしながら、お盆を横に置く。

蒼「大丈夫?昨日よりもぐったりしてるし、顔も赤いみたいだけど…」

顔が赤いのは、少なくとも熱の性ばかりではない。
翠星石は、照れ隠しのように布団からガバッと起き上がった。

翠「だ、大丈夫ですよ!よくなって来てるので…すぅ」

しかし、起き上がったとたん眩暈に襲われて、すぐにまたひっくり返ってしまう。

蒼「ほら…だから、無理しないで。」
翠「うぅ〜…」

布団をかけられて翠星石はうなる。

蒼「台所にりんごがあったから切って持ってきたけど、食べる?」
翠「もらうですぅ…」
蒼「うん、わかった。」

蒼星石は、お盆の上に置いてあった一口サイズに切ったりんごにフォークを刺して、
翠星石の口元まで持って来る。

蒼「はい、あーん」

ごく自然にそう言うことをしてくる蒼星石に、翠星石は顔から火が出そうだ。

翠「そ、蒼星石…」
蒼「どうしたの?」
翠「ちょ、ちょっと恥ずかしいかも…ですぅ…」

消え入りそうな声。それを聞いたとたん、蒼星石の顔も真っ赤に染まる。

蒼「え、えっと、これは…ほ、ほら!翠星石今起き上がれないし、
  それに、僕たちいちおう今こいび…と…だし…」

あたふたと言い訳をするが、結局互いに顔を赤らめたまま暫く無言の時間。

蒼「…はい」
翠「あーん…ですぅ」

そのうちに、再び差し出されるりんご。照れながらそれを口に含む翠星石。
りんごは、色が変わらないように塩水が振ってあって少ししょっぱかったけれど、
みずみずしい味とその冷たさが、熱のある翠星石には気持ちよかった。

翠「美味しいです!」
蒼「そっか。よかったぁ…もう少し食べる?」
翠「もちろんです!」

その後、翠星石は残りのりんごも蒼星石に食べさせてもらった。
そして最後のひとかけら。それも差し出そうとした蒼星石に、翠星石は布団から手を伸ばす。

翠「最後のひとつくらい…翠星石が食べさせてやるのですぅ!」

フォークを取り上げて、蒼星石に向かって突きつける。

翠「はい、あーん、です!」
蒼「……あーん」

ぱくっ
蒼星石は、最初の翠星石と同じように照れながら、差し出されたフォークからりんごを食べた。

蒼「あ、たしかにこのりんご美味しいね!」

微笑む蒼星石。

翠「うん!美味しいのですぅ!…蒼星石が、食べさせてくれたですし」
蒼「!…あはは、じゃあ、僕このお皿片付けてくるね。
  薬と水は、お盆の上に載ってるから…飲んでおいて!」

さらに紅くなった頬をかくすように慌てて立ち上がって出て行こうとする蒼星石。
慌てすぎたのか、部屋の入り口の扉に体をぶつけてしまうが、
翠星石に向けて再び照れ笑いをして出ていったのであった。


皿を洗って片付けた蒼星石は、戻ってきて部屋の扉をそっと開ける。
覗いてみると、翠星石はどうやら薬を飲んで眠ってしまったらしい。
そのかわいらしい寝顔に思わず顔がほころんだ。
このままずっと眺めて居たい気分に駆られたが、なにぶん蒼星石自身も風邪を引いており、
それに先ほど少し食べて薬を飲んだために眠くなってきてもいる。
眠っている翠星石の額にタライの水でぬらしたタオルを載せながら考えた結果…
蒼星石は、自分の分の布団を押入れから引っ張り出した。
そして、翠星石の布団の隣にくっつけて、その寝顔を見ながら布団へもぐりこむ。

蒼「おやすみ、翠星石…」

そっとつぶやくと、目を閉じる。程なくして、蒼星石の布団からも寝息が聞こえ始めた…

夢の中。翠星石は、日の差す森を歩き回っていた。
森の木々や草花はとても綺麗で、色とりどりの蝶が飛び回っている。
その様子はこの森がとても良い環境なのであろう事を思わせた。
暫く歩き回って、こんなに綺麗な景色なのだから、蒼星石にも見せてあげたい、そんなことを考える。
そういえば、覚えていないけれど、さっきまで蒼星石が一緒にいたような気がする。
でも蒼星石の姿は見えない。一体何処に行ってしまったんだろう。唐突に不安に駆られる。
歩き回る翠星石。不安はどんどん増していって、その歩調が速くなる。
そのうち、森の姿が不安と同調するかのように暗く、恐ろしくなってゆき…
翠星石は、とうとう走り出した。がむしゃらに走り回って、叫ぶ。

翠「蒼星石!どこにいるんです!蒼星石!!」


翠「そうせいせ…き…蒼星石ぃ…」
蒼「すいせいせき…?」

ふと、呼ばれて目を覚ますと横で翠星石がうなされていた。

蒼「大丈夫、ここに、いるよ…」

寝ぼけながら蒼星石が手を伸ばす。翠星石の布団の中で、その手を見つけてぎゅっと握る。
そのまま、蒼星石も再び眠り込んでしまった。

暗い森を駆け回っていた翠星石の前に光がさす。
誰かが手を握ってくれているような気がした。ううん、コレは多分蒼星石だ。そんな気がする。
そのまま、導かれるように翠星石はそのあたたかい光の方へ……

息苦しさに蒼星石が目を覚ます。すると、ごく至近距離になんと翠星石の顔。

蒼「!!?」

状況が理解できずにパニックになる蒼星石。

蒼(落ち着け、落ち着くんだ蒼星石!どうして今僕はこういう状態に…!
  今僕が寝ているのは確かに僕の布団、だから僕が移動したんじゃなくて翠星石が…)
翠「ううん…」
蒼(ってまって、この状況はちょっと反則、反則だって!汗かいた胸元がパジャマの襟から…
  翠星石の匂いが…それに唇が…!近すぎるって…!
  でも…だからって寝てるときにそういうことするわけにも…!)

そういうことってなんだ!数秒後、自分で自分の思ったことにツッコミを入れて、
さらに精神的にのっぴきならない事態になってきた。

翠「あつい…寒い…」

そんな時、小さな声で翠星石の声が聞こえる。気が付くと、少し眉がしかめられていた。

蒼(…あ、もしかして…)

そっと背中に手を回すと、ずいぶんと汗をかいている。パジャマの背中がぐっしょりとぬれていた。
しかも、一人用の布団に無理やり割り込んだ性で布団に隙間が開いていて。

蒼(これは寒いよ…)

蒼星石は、翠星石を起こさないように気をつけながら、そっと布団から抜け出る。
布団をきちんと翠星石の体にかけなおすと、静かに部屋を出て行った。
階段を下りて、台所で洗い物をしていたおばあさんに聞いて、必要なものを準備する。
そして再び部屋に戻って…

蒼「翠星石!起きて、翠星石!」
翠「うぅん…なん、ですぅ…?」

軽くゆすると、ほどなく目を覚ます翠星石。

蒼「ずいぶん汗かいてたみたいだから…パジャマ着替えたほうがいいかなって。
  着替えと、あと体拭くタオル持って来たよ!」
翠「…面倒くさいです…」
蒼「でもそのままじゃ寒いし、風邪ひどくなっちゃうよ?」
翠「うぅー…なら、蒼星石が着替えさせて、ですぅ…」

そのまま、前のめりに突っ伏する。よっぽど眠いらしい。

蒼「そんな、子供じゃないんだから…仕方が無いなあ」

動く気のなさそうな翠星石を引っ張り起こして、パジャマのボタンに手をかける。

蒼(そういえば、翠星石の裸見るのってこの前の温泉旅行ぶりかなあ…)

ふっとそんなことを考える。ぐたぐたと力を抜いている人間の服を脱がすのは重労働だ。

蒼「せめてしゃきっとしてよ…これじゃ脱がせられないよ…っと!」

やっと上半分を引っぺがし、薄暗い部屋の中に翠星石の肌が白く浮かび上がる。
なんだか唐突に気恥ずかしくなってきた。ここからさらに体を拭かなくてはいけないわけだけれど、
どうしても想像がなにやらいけない方向に行ってしまう。
2日前まで、そんなこと考えたことも無かったのに。どうして今はこんなに恥ずかしかったり…
変なことを考えたりするんだろう。
真面目な蒼星石は、そんな考えを打ち消そうと内心わたわたと焦りながら、濡らしたタオルを絞った。
そして、タオルで翠星石の体を吹き始め…

翠「ひゃんっ!!」
蒼「わあっ!」

とたんに変な声を上げる翠星石。びっくりして、思わずタオルを取り落とす。

翠「つ、冷たかったですぅ…」
蒼「え、あ、ごめ!これ額に乗せるタオルの水だ」

慌てるあまり、近くにおいてあった別のタライと間違えたらしい。
今度こそ間違えないように、お湯を張ったタライにタオルをつけて、絞る。

翠「ひどいです…」
蒼「ごめんってば…ふ、拭くよ?」

顔が熱くなっているのが自分でもわかる。
でも、部屋は薄暗いし、翠星石にはきっと見えてない。

翠「今度こそ、ちゃんと拭いて欲しいです…」
蒼「わかってるって…あ、でも目も覚めたみたいだし、自分で拭く?」
翠「…ダメです。蒼星石が拭くです」

断られてしまった。出来れば自分で拭いて欲しかった…
こう、今の精神状態で拭いたりなんてしたら、自分でも一体何をするか…
そう思う反面、どこかで翠星石に触りたいな、と思う自分も居たりする。

翠「寒いです。早く拭くです…」
蒼「わ、わかったって!」

触りたいな〜と思う気持ちや、飛躍する想像力を無理やり押さえ込み、
蒼星石は手早く翠星石の体を拭いていく。

翠「気持ち良いです…♪」
蒼「そっか。ずいぶん汗かいてたから。次は前だね」

服を脱がしていた時みたいに、ぐったりしていないから、拭きやすい。

翠「…もっとちゃんと拭いてほしいですぅ」
蒼「え、そ、そう?」

動揺が走る。確かに、背中や腕にくらべて前はあまり丁寧にはやってない。

蒼「で、でも、さすがに前はちょっと…色々と…」
翠「別に気にする事は無いのです。…っていうか、寒いからとっとと拭きやがれ、ですぅ」

怒られた。仕方が無い。できる限り見ないようにして、丁寧に拭く。
翠星石、双子なのに僕より胸あるよね…いや、そうじゃなくて!

翠「余所見してたら拭けないですよ?」

葛藤していると、その間横に向けていた顔が戻された。これって…

蒼「…ねえ。さっきからずっと思ってたんだけど、さ。もしかして…わざと?」

じと目で翠星石を見上げる。翠星石の顔がぎくぅ、となるのが見えた。

翠「…と、途中から?…ですぅ」

気圧されたのか、翠星石は、視線をそらしながらも思ったより素直に答えてくれた。
しかし、それと共に頭の中のなんかが切れるような音が。
そう、そうだよね。考えてみれば恋人同士なんだから。遠慮とか要らないよね。
風邪引いててもさ。本人OKって言ってるんだし別にやってもいいんだよね。 色 々 。

蒼「あ、そう。わざとなんだ…そっか…あはは」
翠「蒼星石、顔が怖いですよ…?」
蒼「そうかな? ああ、下も拭くんだよね。任せといて。丁 寧 に 綺 麗 にするから。」
翠「え、ちょ、ま…!下着まで一緒にぬがすなですっ!」
蒼「大丈夫、下着の替えももちろんあるから!」
翠「で、でも上は着ないと寒いですよ!?」
蒼「平気平気。すぐあったかくなるしね!?」
翠「ふぁ!ひゃあああん!そ、そこちがっ拭くとこちが…っ!」
蒼「あははははははは…」

その頃、1Fにて。

爺「二人とも元気になったみたいだなあ」
婆「よかったですねえ」

翌日。

蒼「…大丈夫?」
翠「熱は…大丈夫、ですぅ…」

あれだけ汗もかけば熱も下がるだろう。
あの後、翠星石は、全身隅々までくまなくたっぷり綺麗にしてもらったわけで。
ついでに色々と弱点が発見されたりしたのは余談である。

蒼「学校行けそう?」
翠「いけるわけ、ないじゃないですかあああ!」

翠星石大爆発。理由は、以下略。

蒼「あはは、今日は体育もあるしね」
翠「楽しそうにいうなですっ!!」
蒼「まあまあ。僕も今日も休むし」
翠「いらんですっ!とっとと学校行けですっ!」
蒼「まだ風邪が治りきってないのに…」

けほけほと咳をする。しかし

翠「絶対今のわざとです!」
蒼「そんなことないって。学校にも連絡したし、さ、一緒に寝よっか」
翠「今日はもう遠慮するですーーーーーーーー!!!」

叫び声が響き渡る。そんな病人達の平日。

―終劇―