「バレンタインの変人たち」



蒼「バレンタインか…今年はどうしよう」

居間のTVでチョコレートのCMを見ながら大きく伸びをする蒼星石。
後の台所からはなにやら甘ったるい匂いが漂ってくるが、
いろんな意味で覗くと怖いので、今は気にしないことにしている。

蒼「ねえ、翠星石」
翠「こっちみんなですぅ!!!」
蒼「…見てないよ」

本当だ。視線はTVに向けたままなのだから。
結局、当日まではこの調子なのであろうからして、手作りとかはやはり無理そうだ。
何か買ってくるしかないだろうな…とため息をつく。

翠「ひーっひっひっひ!まってるですよぉ…蒼星石が驚くようなすっごいチョコを作るのです!!」
蒼「…聞こえてるってば。それじゃ金糸雀だよ…」

思わず声に出るくらい、それだけ力を入れている、ということなんだろう。
楽しみな反面怖い。とても。はたしてどんなチョコレートが手渡されるのかと…
ともかく、これではどうしようもない。まだ昼前なので、チョコ購入がてら、散歩でもしてこよう。
コタツに手を突いて立ち上がると、店に出ているおじいさんに声をかけてから靴を履いて外に出た。

2月の風は、当たり前のようにまだ寒い。上に着たジャケットの前を合わせなおして歩き出す。
商店街は日曜なだけあって、それなりの賑わいを見せていた。
洋菓子関係のお店は、皆バレンタインデーの大きな広告を掲げている。
そんな中、商店街の和菓子屋を真剣に覗く影一つ。

蒼「金糸雀、なにやってるの?」
金「…!!な、なにかしら!カナは別に何も見てないかしらっ!
  苺チョコ大福作りに失敗したなんてあるわけ無いかしらっ!!」
蒼「…失敗したんだね」
金「してないかしらー!!」

声をかけたとたん慌てて変なポーズで要らないことを口走る。
金糸雀はいつも通りの元気さのようだ。

蒼「わかったわかった。で、今日はどうしたの?」
金「その目は信用してない目かしら…まあ。ぶっちゃけお菓子の材料集めかしら」
蒼「そっか。バレンタインデー誰かに上げるんだね。…誰に上げるか聞いて良い?」

まあ。聞かなくてもさっきのセリフで一人はわかってるわけなんだけど。

金「まず、一人目はみっちゃんかしら。作る、って言ったらもちろんくれるのよね!
  って目を輝かせて言われてしまったかしら〜」

みっちゃんさんは、金糸雀の親戚の叔母さんに当たる人。
家から少し離れた薔薇学園に通うに当たって、金糸雀の下宿先になってくれた人らしい。
金糸雀をそれはもうネコッかわいがりする人で、
彼女が金糸雀に似合う服を際限なく買ってくるために、家のタンスには服が収まりきらないとか。
なので、金糸雀の私服はいつも自然とおしゃれな格好だ。

金「あとは、いつも一緒の雛苺かしら!今年はそれくらいかしら〜」
蒼「見事に女の人ばっかりだね…」
金「いつもバレンタインデーに大きな紙袋が必要な人に言われたくはないかしら!」
蒼「あは、それはたしかに」

痛い所を突かれてしまった。
確かに、また今年も学校に紙袋準備していかないといけないんだろうなあ…

金「ああ、でも今年は少しは楽になるかもしれないかしら。
  この前の話は結構大きな噂になってるかしら」
蒼「ぅぇ…そうなの?」
金「教室内で大声で公開告白!なんてそんな面白い話、噂にならないわけが無いかしら」
蒼「…考えてみればそーだね…」

ちょっとだけ頭が痛くなってくる。
学園内の情報通であるところの金糸雀が言うのだから、間違いないのだろう。
最近廊下を歩いてて、やたらひそひそ話が耳につくのはその性か…

金「まあ。蒼星石も頑張ってチョコを探すかしら」
蒼「あはは、ばれちゃってるか」
金「恋人の居る女の子がバレンタイン二日前の休みに一人で散歩、
  なんていったら大抵そうかしら!」

腕組みして、ふふん、と胸を張る金糸雀。
でもそれって、胸を張って威張るほどの推理でもないような。
それはともかく。恋人なんて、そんな大きな声で言われると、正直照れる。

蒼「恋人って…まあ、そうなんだけど…」
金「っかぁーっ!うらやましいほどの成り立てラブラブバカッポー振りかしら!」

広いお凸に手を当ててハチの字眉毛で首を振る。
金糸雀には、こういう大げさなジェスチャーが、とてもよく似合う。

金「ともかく、折角の、初ラブラブバレンタインデー、がんばるのかしら!
  私は私で、チョコ苺大福という果て無き命題に挑戦かしら。
  作ってみたら結構難しいのかしら…雛苺も無理を言うかしらー…」
蒼「うん、金糸雀もがんばってね!」
金「また明日かしらー!」

金糸雀も大変そうだ。手を振って別れた後は、
またしても商店街をぶらぶらと歩き回る。
あれ?あの商店街の花屋の前に立ってるのは…

蒼「おはよう」
JUM「お、おはよう!…ってなんだ蒼星石か」

JUM君だった。どういうわけか声をかけたとたんにびくっ!として慌てて振り向いてきた。

蒼「どうしたの?そんなに驚いて」
JUM「いや…なんていうか」

困りながら眼鏡の位置を直す。

JUM「真紅にさ。昨日ちょっとバレンタインデーのこと聞いたんだ。そしたら…」

紅「何を言っているの。バレンタインデーは元々男性から女性へ愛をささげる日よ。
  国によっては家の前でラブソングを歌ったりもするそうなのだわ」

JUM「…とか言われてさ。ネットで調べたら花…しかも紅い薔薇を贈るって書いてあって」

それで花屋の前に居るらしい。
そういえば、さっきから彼が見ていたのは薔薇の花の辺りだ。
やっぱり時節柄なのか、普段よりもたくさん並んでいるみたい。

蒼「そっか…でもさ、何でそんなに驚いていたの?」
JUM「いや。こんなとこべジータとか友達に見られたら恥ずかしいだろ?」
蒼「ふーん…」

どうやらそういうものらしい。

蒼「でも、去年まではどうしてたの?」
JUM「去年までは特に気にしてなかったからさ。適当に真紅がチョコくれてたし。」
蒼「じゃあ、何で今年になって」
JUM「なんかさ。みんながバレンタインのもらったチョコの数を競争しようぜ!
   みたいな話をしててつい…ちょっと気になったんだよ」
蒼「そっか。まあ、いいんじゃない?花を贈るって。
  でも、バレンタインデー当日に贈るなら、今日買うよりも取って置いてもらって
  当日の方が良いんじゃないかな」
JUM「そうかな…」
蒼「丁寧にラッピングしてもらえるし。
  …すいません!たしか、取り置きって出来ますよね!」

園芸の趣味の関係で、この店には、肥料とか必要なものを色々と買いに来ているのだ。
店の奥から見慣れた店員のおじさんが出てくる。

店員「おう、できるよ!」
蒼「だってさ」
JUM「うーん、じゃあ、この薔薇を…えっと、10本くらい取り置きしてもらえますか?」
店員「10本なんてけち臭いこというなよ!
   いつも色々買ってくれる嬢ちゃんの顔に免じて、おまけでもうちょっと色々つけてやるよ!」
JUM「え、いいんですか?」
店員「おう!バレンタインデー当日に気合入れて花束作ってやっから!楽しみにしてな!」
JUM「あ、ありがとうございます」
店員「だから、頑張れよ!少年!恋人がっかりさせんじゃないぞ!」

ガハハと笑うおじさん。結構気さくな良い人なのだ。
こういう、気軽な付き合いが出来るところが、デパートとかの花屋と違って
商店街の良いところだな、と僕は思う。

JUM「あ、そうだ。一本だけ別にもらえます?」
店員「おう、いいぜ」

手際よく一本を包んでくれる。どうするつもりなんだろう、と思っていたら、
JUM君はそれを僕に手渡してくれた。

JUM「色々相談に乗ってくれてありがとう。これはお礼に」
蒼「え、い、いいよ。悪いし。」
店員「お、やるねえ!折角なんだからもらっときな!」

おじさんにも言われて、ちょっと照れながら花を受け取る。

蒼「ありがとう!男の子から花もらうなんてはじめてかも。」
JUM「気にすんなって。じゃあ、僕はこれで!」

そういうと、JUMくんは走って商店街の雑踏に消えていった。

店員「これはあれだなあ。三角関係の気配ってやつか!?」

ニヤニヤしながら言うおじさん。

蒼「あはは、残念ながら僕にもちゃんといますから」
店員「なんだそうなのか!嬢ちゃんも彼氏からちゃんと花もらえると良いなあ!」
蒼「ですね…個人的にはちょっと心配ですけど」

家で不気味な笑みを浮かべてチョコを作っていた翠星石のことを思う。
…本当に、大丈夫なんだろうか…
一瞬げっそりした表情になった僕を、微笑ましそうに見守るおじさん。

蒼「じゃあ、僕もそろそろいきますね!」
店員「おう!またごひいきに!」

見送られて、花屋を出る。次は一体何処に行こう。
ああ、そうだ。そういえばこの前、お気に入りの小説の新刊が出たんだった。
ついでだから買って行こう…そう思って、駅前の大きなブックセンターに行く。
入り口に入ろうとして、ふと横を見ると…

蒼「薔薇水晶?」
薔「…こんにち」
蒼「こんにちは」

いつもの無表情でびしっと片手を上げる薔薇水晶。
彼女はマンガや小説が好きだから、今日もきっと何か買いに来たのかもしれない。

薔「何を…買いに来たの?」
蒼「ちょっと小説の新刊を。」
薔「タイトルは…?」
蒼「ああ、それは…」

その後、しばらく件の小説について語り合った。どうやら薔薇水晶も読んでいたらしい。
会話がひと段落着いたとき、話の枕詞がてらに聞いてみる。

蒼「そういえば、薔薇水晶は今日は何をさがしに?」
薔「さっきの小説と…チョコレート?」
蒼「チョコレートはここでは売ってないよ」
薔「ううん、チョコレートの本」
蒼「へぇ…誰に上げるの?」

普段そういうこととはあまり縁のなさそうな薔薇水晶がめずらしい。
そう思ってついつい好奇心が首をもたげた。

薔「水銀燈…ぽ」

効果音を自分でつけて頬を赤らめる薔薇水晶。
相変わらず面白い子だなあ、とか思いながら、水銀燈という回答にはなんとなく納得。
そういえば、いつも一緒にいるもんね。

蒼「そっか、自分で作るんだ…」
薔「蒼星石は、つくらないの?」
蒼「残念ながら、台所を翠星石に占領されちゃって…しばらく入れそうに無いんだ」

ため息をつきながら言う僕をジーッと見る薔薇水晶。

薔「なら、いいのがある…」

突然手を引っ張られて、ブックセンターの中へ。
あれよあれよという間に、ここはコミックコーナー。
ここのコミックコーナーは、数がある本は大抵立ち読み用に一冊だけカバーの付いていない本がある。
その中の一冊を手に取る薔薇水晶。

薔「これを…やるといいとおもう。簡単。材料はポッキー…」

手渡された本を見る。赤面。

蒼「こ、これはちょっと恥ずかしいかも…」

描いてあったのは、ポッキーを両側からくわえて…そのままちゅーをするとかそういう話。
これは、いくらなんでも恥ずかしすぎる。

蒼「っていうかこれって。本来パーティとかでみんなの前でやらされるやつなんじゃあ…」
薔「…そうかも。」

本を置く薔薇水晶。再び思考。しばらくして

薔「…ぽくぽくぽくチーン」

何かを思いついたらしい。変な擬音を発して再び僕の手を引っ張る。
別の棚の前につれてこられた。ってここって…

薔「…これとかどう?」
蒼「遠慮します」

再び見せられたのは、それはどっからどう見てもエッチなシーンなわけで…
さすがにこれはいくらなんでも…
再び黙考する薔薇水晶。そこで数人本を選んで居た男性達が恥ずかしそうな顔をして離れていく。
なんかものすごい居心地が悪い。

蒼「ちょっと場所移動しよう…」
薔「遠慮しない。いつものこと。」
蒼「いや、それもどうかと…」

ちなみに男性達のなんとも恥ずかしげな視線はほとんど薔薇水晶に向いていた。
…いや。うん。わかるけどね。
全般的に暗めの服の色だし。上にジャケット羽織ってて下なんてジーパンだし。
ニット帽とかかぶってるし。男に見えても仕方が無いのはさ。わかってるけどね?
ちょっとだけ世の不条理をなげきつつ。

薔「…じゃあ、こっち」

場所を離れてしばらくして。今度つれてこられたのは、少女マンガの棚。

薔「これ…」

見せられたのは、さっきのポッキーゲームと変わらないくらいの恥ずかしさ。

蒼「これ…?」
薔(きらきら)

期待の視線で見つめられた。これは確かに恥ずかしい。
でもさっきのエッチな本とかにくらべればまだ…いやしかし…

薔(きらきら)

…負けた。

蒼「わかったよ…じゃあ、これも視野に入れておく方向で」
薔「えー…」

ちょっと残念そうではあったけれど、納得してもらってレジに向かう。
途中小説コーナーに寄って新刊も購入しつつ。
薔薇水晶も、料理本コーナーで目当てのものをみつくろってきたみたいだ。
買い終わって、時計を見たらもうお昼過ぎ。

蒼「ねえ、薔薇水晶。よかったら一緒にお昼食べていかない?」

同じく買い終わった薔薇水晶に声をかける。

薔「…いいよ」

二人でブックセンター内にある、本を読める喫茶コーナーへ向かった。
そこで適当に注文した後はおしゃべり。
普段は無口な子だけれど、本やマンガのことについては結構饒舌だ。
おかげで、お勧めの小説をいくつか教えてもらって帰り際には荷物がまた少し増えた。

ブックセンターの前で手を振って薔薇水晶と別れる。
さて。そろそろちゃんとチョコレートのことを考えないといけないな…
いや。薔薇水晶お勧めのアレは、なんていうか…最終手段で?

手軽な所で近くのスーパーへ向かうと、結構な混雑具合。
最近のスーパーは、昔と違ってバレンタインの贈り物、といっても
ただのハート型のチョコレートだけでなくて、色々な種類が置いてある。
有名な銘柄の物から、よく知らない名前まで。
バレンタイン用の包装というだけで値あがっているんじゃないか、とも思える豪華な包装の品も。

蒼「…一杯ありすぎて、どれを選んだらいいかわからないよ…」

そして売り場の傍をみると、なぜかお酒まで置いてあった。バレンタインなのに何故お酒。
…いや、聞いた話によると、お酒が好きな人は辛党が多い、って話だから…
もしかしたら、これはチョコレートよりお酒好きな男性に送ったりするものなのかもしれない。
そんなことを考えながら、売り場の前で途方にくれていると…

銀「あらぁ、蒼星石じゃなぁい」

振り返ると、声をかけてきたのは水銀燈。
押しているカートには、普通の買い物に混じって、なぜかたくさんのチョコレート。

蒼「こんにちは、水銀燈。…なんでそんなにチョコレート買ってるの?」
銀「昨日、帰り際に男子達に頼まれちゃってぇ…
  3倍返しでも何でもするからチョコレートくれって。」
蒼「はは、そうなんだ…」

そういえば、JUM君がさっき、男子達が数で競争する、とか言ってたような…

蒼「でもそれって…本命で無いチョコレートもらっても嬉しいものなのかな?
  いや、本命チョコレート一杯もらってもそれはそれで困るけどさ…」

頭によぎった例年の惨状についてはあまり考えないようにして。

銀「そりゃあ、一つももらえないよりは良いんじゃなぁい?
  少なくとも、毎年持ち帰るのが面倒なくらいもらっているあなたには無縁の話だわね。」
蒼「その事は言わないでよ…」(がっくり)

やっぱり言われたか。肩を落としたところで、
カートの中で一つだけ他よりも小さめのチョコレートが目に付いた。

蒼「あれ?これは…?一つだけ種類が違うけど。」
銀「ああ、これねぇ。これだけは…ちょっと特別。本命とかそういうのじゃあないんだけどね」

取り上げた箱にちゅっとキスをしてウィンク。
同い年のはずなのに、水銀燈は、どうしてこういう色っぽいしぐさが似合うんだろう。

蒼「そ、そっか、特別なんだ…」

思わず赤くなってしまって水銀燈の方から目をそらすと…

銀「あらぁ?何顔赤くしてるのぉ?」

う、気づかれた

蒼「い、いやそんなことは…」

にやぁりと面白そうに笑う水銀燈の表情が見える。嫌な予感が…

銀「こんなに赤くなってるのにぃ…?」

顔を覗き込まれる。…て、え、ちょ、なんで顔近づいてきて…!?

蒼「ま、待って水銀燈、ここ、売り場だから…ちょ…ほんとに…っ!」
銀「だぁいじょうぶよぉ。ここ、人の多いところからは死角になってるんだからぁ…♪」

小声でそんなことを言いあう。ってこれほんとにまずいから!まずいからっ!!
マジでキスされる!?とおもって目をつぶった所で…
ぺちっと、額に小さな衝撃。

蒼「へ…?」

恐る恐る目を開けると、楽しそうに笑う水銀燈。

銀「やぁねぇ。まさかしないわよぉ。もしどっからかそんな話があなたのかわいい
  双子のお姉さんの耳になんて入ったら、それこそ私殺されちゃうわ」

じょ、冗談だったんだ…と思わずほっと胸をなでおろしたところで。

ドサッ

水銀燈の後で何か重たいものが落ちる音が。
二人で驚いてそっちのほうをみると…

巴「ご、ごめんなさい!そんな覗いたりするつもりじゃ…っ!」
雛「あーっ!水銀燈と蒼星石なのー!」

そこに居たのは、雛苺と…そのいとこで、剣道部の主将を務める巴さん。
買い物袋を取り落としたのは巴さんのほうらしくて、
足元には、落ちた袋からこぼれたジャガイモが一つ。

蒼「あ…えっと。これは…」
雛「浮気なのー!」

楽しそうに笑う雛苺、そして見てはいけないものを見てしまった、とでも言うように、
顔を赤らめて目をそらす巴さん。

銀「ってちがうわぁ!ちょっとした冗談よぉ。蒼星石をからかってただけ…」

そういいながら慌てて離れる水銀燈。しかし、それと同時に

巴「ご……ごめんなさいっ!!!!!!」

買い物袋を慌てて拾った巴さんは、脱兎の勢いで走っていってしまった…

雛「あー!ともえー!まってなのー!」

それについていこうとする雛苺。しかし。

銀「雛苺……」

笑っているけど、目は笑っていない…すごく怖い顔をした水銀燈が、その前に立ちふさがる。
僕も、さすがにこのまま雛苺に色々言いふらされてはたまらない。むしろ命の危機が…
慌てて雛苺の後ろ側に回る。

雛「す、すいぎんとう?とってもこわいの…」
銀「いい?雛苺。今見たのは、あくまで冗談だったのよ。わかる?冗談。だからね…?
  薔 薇 水 晶 に 言 っ た ら 殺 す わ」

その表情には何か凄く鬼気迫ったものがあった。
そう、なんていうか…何かに追い詰められた者の気迫…っていうのかな。
っと、そうだった。僕もこれだけは言っておかないと…

蒼「雛苺…」
雛「そ、そーせーせきもこわいの……」
蒼「あのさ。今のはね?マジで僕、からかわれただけだから。ほんと。だからさ…
  翠 星 石 に は 絶 対 言 わ な い で ?」

多分、二人ともすごく鬼気せまった顔だったんじゃないだろうか。
雛苺の顔がなんだか蒼白になっている気がする。
そして、しばらく時が止まったかのように3人の間で静寂が流れ…

雛「ら…らじゃりましたなのっ!!」

なんだか泣きそうな顔になった雛苺が宣言する。
そして、やっと空気が元に戻る。

銀「はぁ…巴さんにも言っといてよね?雛苺。」
雛「わかりましたなのぅ…」
蒼「まあ…ごめんね、雛苺。びっくりさせちゃって。さっきのほんとにキスも何もしてないからさ」
雛「ふぁいなの……」

よっぽど怖かったらしい。いまだ雛苺はびくびくしている。

雛「じゃ、じゃあヒナはともえをおいかけるなのー」
銀「はいはい。くれぐれもたのむわよぉ?」
蒼「じゃあ、また明日ね、雛苺!」
雛「またなのー!」

やっと表情の戻った雛苺が、さっき巴さんが駆けていったほうに向かう。
そのとき、ふっと呼び止める水銀燈。そして…

銀「あ、そうそう雛苺ー?」
雛「なになのー?」
銀「今回の件。薔薇水晶や翠星石に伝わってた時点で……
           泣いたり笑ったり出来なくなると思いなさい」
雛「!!!…は…はいなのっ!!!」

最後に追い討ちをかけるように殺気を放った。
…さっきの色っぽさから一転…人はこんなに怖くなれるものなのか。
そんなことを考えながら、僕は雛苺を見送った。

銀「…まったくタイミング悪いわぁ…」

大きくため息をつく水銀燈。近くにあったベンチにこしかけ、カートにつかまってうなだれる。
僕も隣に腰掛けて、やっと一息つけた。折角なので、ちょっと気になったことを聞いてみる。

蒼「…薔薇水晶、怖いの?」
銀「…なんっていうか、あれね。直接的な怖さじゃなくて…
  オーラ?っていうか殺気?…すごくて。むしろ殺気で殺されそうな感じ」
蒼「そっか…大変だね…」
銀「あなたもね。アレだけ真剣だったってことは、それだけ怖いんでしょ?」
蒼「それは…まあ…」

お互いに顔を見合わせてなんとなく微笑む。奇妙な親近感。
その後、しばらく二人で気が抜けたように座り込みながら。

銀「そういえば…こんなとこで何やってたのぉ?」
蒼「ああ、そうだった…実は…」

かくかくしかじか、と現状を語る。

銀「あぁ〜、たしかにねえ。これだけたくさんあったら選ぶのも大変だわぁ
  そうねえ…私は、同じものがたくさん必要だったからここで選んだけど。
  迷うのだったら他の洋菓子屋さんとかも見て回ったらどうかしらぁ?」
蒼「ああ、そっか、その手もあるね」
銀「あと…こんなの買ってくとか?」

フッと立ち上がった水銀燈は、近くの棚から瓶を持って来た。

蒼「何それ…チョコレートリキュール?」
銀「お酒よぉ」
蒼「お酒はちょっと…」

さすがに、未成年なんだし。苦笑して断る。

銀「あら。結構美味しいのにぃ。」
蒼「…飲んだの?」
銀「ええ。ワインよりもちょっと度数が高いくらいだからそんなにきついものでもないし。
  …そうねえ。これ、甘くて飲み安いし。プレゼントして、翠星石を酔っ払わせて、
  いただきます、とかいいかもしれないわよぉ?」
蒼「それって…」

大きくため息をつく。薔薇水晶といい、水銀燈といい、二人ともどうしてそーいう発想に…

銀「まあまあ。軽い冗談よぉ、冗談♪」
蒼「さっきから冗談がいろいろキツいよ…」
銀「ごめんねぇ。まあ、ちょっと待ってて。清算済ませてくるからぁ」

カートを押してレジへむかう水銀燈。しばらくして、戻ってきた。

銀「おまたせぇ。じゃあ、ちょっと他の洋菓子屋もみてまわりましょうかぁ」

水銀燈は、チョコレート探しに付き合ってくれるつもりらしい。
このままだと果たして見つかるかが不安になってきたところだし、その申し出はすごくうれしい。

蒼「ありがとう!荷物重そうだし、持とうか?」
銀「いいわよぉ。自転車で来てるから、そこまで運んでしまえば後は楽だわぁ」
蒼「じゃあ、自転車まで手伝うよ」

袋をいくつか無理やり受け取って、水銀燈の自転車まで運ぶ。
前のかごに乗るだけ乗せて、少し載らなかった分はハンドルに引っ掛けた。

銀「ありがとぉ。じゃあ、近場の洋菓子店から回ってみましょうかぁ」
蒼「うん!」

その後、この界隈のお店を2,3軒回った結果。

蒼「これがいい、かなあ。値段も買えないほどじゃないし。かわいいし。」
銀「そうねぇ…これはいい感じねぇ。」

駅の近くのとあるお店の、チョコレートの詰め合わせに決定した。
それは、一口サイズの色々な種類のチョコが小さい箱に並んでいるもので、
花や葉っぱをデザインした形が、特に気に入った部分だった。

蒼「これくださーい」

そして、店員さんにすぐ包んでもらって、緑のリボンもつけてもらった。
よし、これで明後日のバレンタインデーはばっちりだ!
そう思って、僕と水銀燈は店を出た。その外で…

蒼「今日はありがとう。結局チョコ探しまで付き合ってもらっちゃって」
銀「いえいえこちらこそぉ。途中自転車まで押してもらっちゃったし」

あはは、お互いに笑い合う。

銀「そうそう。これ…色々やっちゃったお詫びとか、楽しかったお礼も兼ねて。あげるわぁ」

手渡されたのは、紙袋。先ほどのスーパーのものだ。

蒼「あ、うん、ありがとう。中身は…?」
銀「それは帰ってからのお楽しみよぉ」
蒼「わかった。じゃあ、帰ってからあけるよ」
銀「それじゃあ、またあしたぁ」
蒼「また明日ー!」

水銀燈と別れて、また歩き出す。そろそろ夕方も近いし、家に帰ろう。
そんなことを考えながら歩いていると、前方から自転車が走ってくる。
あの長い金髪は…

蒼「真紅?」
紅「!…あら、蒼星石じゃない」
蒼「どうしたの?買い物?」
紅「ま、まあそんな所なのだわ」

真紅から漂ってくるのは甘い甘い匂い。これってもしかして…

蒼「…チョコレートの材料?」
紅「!!!…ええ!そうよ!材料が足りなくなったの!!」

JUM君にバレンタインデーは男が女へ愛をささげる日だ、なんて言っておいて、
それでも、きっと彼のためにチョコレート作りを頑張ってたんだろう。

蒼「そっか、がんばって!」
紅「無論だわ。JUMになんてもったいないくらいのチョコレートを作るのだわ」

胸を張る真紅。その意気ならきっと美味く出来て、JUM君も喜んでくれるよ、きっと。
あんまりその辺突っつくと機嫌が悪くなりそうだから、
心の中でだけそう言って、僕はスーパーに走る真紅を見送った。

そして帰宅。

蒼「ただいまー!」
翠「おかえりですぅ。わかってると思うですが、台所は立ち入り禁止です!」
蒼「わかってるって…そんな、見せて困るような作り方してるの?」
翠「そんなことはないです!ないですが…途中経過を見せたら楽しみも半減です!!」
蒼「そっか…じゃあ、楽しみにしてる!」
翠「あ、あたりまえです!蒼星石は恐れおののきながら14日を待つがいいですぅ!!」
蒼「…ほんとにどんなチョコなのさ、それ…」

台所のほうを見ないようにしながらそんな会話をして、二階に上がる。
翠星石のほうはまだ準備が大変みたいだけれど、僕のほうは準備OK。
JUM君にもらった花は、あとで1階にでも飾ろうかな。
小説は、ゆっくり読めばいいからとりあえず本棚へ…
ああ、そういえば薔薇水晶にお勧めされたチョコの渡し方…どうしよう。
一応今日買ったチョコでも出来なくはないけど……ああ、もう保留保留。
そういえば、帰ってからのお楽しみ、って言われた袋が…なんだろう。

蒼「…!!やられた……」

袋を開けると、そこには。

『水銀燈から二人への贈り物☆がんばってねぇ♪ by水銀燈』

そんなメモと共に出てきた、チョコレートリキュール。

蒼「頑張って、って頑張ってって…!一体何を頑張れって言うのさ水銀燈ーーーーー!!」

「バレンタインの変人達 終」