『人間、過度の我慢はいけません。そう、思いませんか?ふふふ……あははははは』by刹那


そのようなわけで、私が浴場に足を踏み入れてから、現在で約15分ほどの時間が経過しております。

「せっちゃん、どないしたん?のぼせそうなん?」

水音とともに浴場にひびくのは、私を気遣う気持ちにあふれた優しい声。
この声を聞くだに、私は今の幸せを噛み締めたりもするわけですが。
同時に何かの限界の蓋とかそういった類の物を、ガンガンと叩いて下さっても居るわけで。

そう。ぶっちゃけて言いますと、今私が居るすぐ隣。
同じ浴槽の、少し動けば肩が触れ合うようなその位置に……

お 嬢 様 が 。

何故! どうして! まだこんなに早い時刻なのに!
脱衣所にあった時計をみた限り、まだ午前の4時半過ぎくらいのはずなのに!?

「あはは、今日は明日菜の起きるときに一緒に目が覚めちゃってなー?
 昨日寝たの早かったからかな。それで、せっかくやし、と思てお風呂入りにきたんよ」
「ちょ、お嬢様、思考を読まないでください!?」
「だって、顔にかいてあるえ? なんでこんな早うにー、とかどうしてー?とか」

ほにゃりと微笑むお嬢様。何時もながらにまぶしい笑顔。
普段なら、それは私に喜びを感じさせてくれる嬉しい物であるのだけれど。
しかし、あんな夢を見てしまった後では……

「うぅぅ」

思わず火照った赤い顔。それを隠すために湯の中で体をちぢこめる。
ダメだ。お嬢様の顔がまともに見れない。むしろお嬢様の居る方向をまともに向けない。
気を抜くと、すぐにお嬢様の裸が目にはいって

「せっちゃん?」

お、お嬢様の顔がすぐ近くに!?
直後、脳内にフラッシュバックするあの夢。

「っだあああああ!!」

思わず叫んで浴槽から立ち上がった。
びっくりした顔のお嬢様が私を見上げている。

「ちょっと体を洗ってきます!!」

何とかそれだけ伝えて急いで蛇口の元まで向かう。
急いで桶に冷水を注ぎ、たまった先から被る!被る!
心頭滅却平常心!落ち着け自分!落ち着け自分!!
ストップ妄想!ノーモア暴走!!
じゅげむじゅげむごこうのすりきれっ!

どういうわけか頭に浮かんだ多分日本一長い(前略)長助さんのお名前を、
水を被りつ、お経がわりに一心不乱に唱えつづける。
それを何度か繰り返す頃には随分と落ち着きを取り戻せた気がした。

もう大丈夫、これでいつも通りにお嬢様に接する事が出来る。
さて、これで最後にしてお嬢様の所に戻……

「ひゃあ、つめたっ!」
「お嬢様!?」

その最後の一杯を被ったところで後ろに聞こえたお嬢様の声。

「もー、こんなにつめたいの浴びたら、風邪ひいてしまうえ」

急いで後ろを振り返ると、あまりに近くにお嬢様。
跳ねた水がかかってしまったのか。まったく、接近に気付かないほど動揺していたなんて、不覚!

「す、すいませんお嬢さ「ほらー、こんなに冷えてもうてー」

言い終わる前に、お嬢様は苦笑しながら私の腕を取って抱きしめる。
抱きしめられた右腕が、柔らかい感触に包まれて。

……あれ?これ、なんて、デジャヴュ?

そう、確かに状況は違ったけれどこれと似たようなことが先ほどの夢で!夢の中で!
折角水で冷えた頭がまた加速的に沸騰していくのを感じる。
落ち着け、落ち着け、今一度! 夢ではこの後下手に動いて大変な事になったんだ!
此処はあえて慌てず騒がず……

「あ、あはは、すいません。それじゃあ、私は湯船に入りなおしてくるので」

よし、さりげない返答だ。後は、お嬢様と離れて湯船に戻るだけ。

「うんうん、それがええよ。ほな一緒にいこかー」
「あ、はい」

それから歩いて再び浴槽へ。
……おかしい。全然状況が変わっていないですよ?
右腕は、依然お嬢様が抱きついたままで。しかも、夢の中とは違って直に肌と肌とが触れ合っ
いや、腕に感じるお嬢様の胸いやいやいや、とにかくこの感触については深く考えない。追求しない。
無心で、こう何気なく、さりげなく話を振って、隙をみて腕を抜くんだ!

ああ、でも折角こんな状況なんだしもう少しお嬢様の体の感触を堪能s

いかん! イカンイカーン!!
ダメだ、マズイ、もう既に頭のどこかが壊れはじめてきている!?

仕方がない、もう要らない事を口走る前に、核心部分を単刀直入に!

「あの、お嬢様。今日は随分、その……」

顔が赤くなっているのが自分でもよく解る。
不思議そうな顔をして私を見るお嬢様に、視線を右腕に向けて見せ、
暗に何故今日はこんなに私に密着するのですか、とさりげなく聞いてみる。

「あ、ああー。ごめんなー、いややった?」

質問を察したお嬢様が、頬を赤らめて慌てて離れた。

「あ……」

うう、思わず声が出てしまったけど、残念じゃない、残念じゃないぞ! 煩悩を振り切るんだ!
葛藤する私の心を他所に、お嬢様は言葉を続けていく。

「せっちゃんと二人っきりで一緒のお風呂に入るのなんて、随分久しぶりやったから。」

そういえば、最近は一緒に入浴する機会自体は増えたものの、
大抵は明日菜さんや誰かしらが一緒だった気がする。
こうやって二人でゆっくり入るというのは、本当に久しぶりかもしれない。

「だからなー? ウチ、嬉しくてついついはしゃいでしまったんよ」

恥ずかしそうに、困ったように、眉尻を下げて笑うお嬢様。

「ほんと、ごめんな? せっちゃん」

私は、そんな笑顔に一瞬見蕩れ、

「い、いえ! いやな訳がありません!」

思わず本音が口から飛び出した。自分の頬がかなり熱くなっているのがわかる。

「私も、嬉しかったですから! だから……だ、大丈夫ですお嬢様!好きなだけどうぞ!」

さらに、私は勢いに任せてとんでもない事まで口走った。もちろん両手は大きく広げて、だ。
勢いとは言え、自分は一体何をやっているのかと思わないでもなかったけれど。
しかし、言ってしまった物は仕方が無い。覚悟を決めて、お嬢様の体を受け止める!

意気込む私に、お嬢様はしばらく目を真ん丸く見開いて居たけれど、
すぐににっこりと、今度はまるで花開くように微笑んで。

「せっちゃん! ありがとう!!」

正面からぎゅうっと抱きしめられた。
その嬉しそうな表情に、思わず私も相好をくずす。
そしてお嬢様の背中に手を回そうとして、はたと気付く。

この体勢、夢の最後と……
気付いて、思わず体が固まる。

途端に意識されるのは、体の上の柔らかな重み。密着した肌の温度とその感触。

あ。ダメだ。やっぱり、無理です。
鼻腔をくすぐる甘い香りに、思わずくらりと来た所で、

私はとうとう何かに、負けた。

今までずっと我慢を重ね、押さえ込んできた気持ちと煩悩。
それをすっかり突き抜けた先はなんだかとっても清々しい気持ちだったと思います。

「このちゃん……」

思わず昔の呼び名をつぶやいて、両手を背中に這わせた所で。

腕の中のお嬢様の力が唐突に抜けた。

「へ?この……お、お嬢様! お嬢様!?」

慌てて体を支えて、顔を覗き込む。

「ふゃぁ……」
「の、のぼせてるーーー!!?」

こんなときに、とか、そういえばお嬢様はほとんど湯につかってばかりだったような、とか
様々なことが頭を駆け巡る。しかし、このままぼんやりしてるわけにも行かない。
私はお嬢様を抱き上げて、慌てて脱衣所へと走ったのである。

たどり着いてから、タオルで体を拭かなくてはいけないことに気がついた。
そこを何とか無心で突破。
服も着せたほうがいい事に気がついた。
今はそれどころじゃない! 無心だ無心! と再び心の中で念じながら、何とか着せた。
諸般の事情で下着は省略させていただいたが。

そこまでしてから、さらに寝かせるのに丁度いい場所が無いことに気がついた。
床は論外。木製の長椅子はあるものの、お嬢様を寝かせるのにはちょっと体が痛そうだ。
いっそこのままお嬢様の部屋まで運ぶか、と考えたが、
時刻的に明日菜さんはまだ戻っていないだろうし、ネギ先生もまだ寝ているだろうと考えて却下。

結局。

「此処で第二ラウンドか。仕方が無いな、今しばらく部屋を空けてやろう」

部屋に戻った瞬間に、言われた台詞がコレだった。

「違う! そんな事は断じてやってない!」
「ははは、そう照れるな」

先ほどの状況を考えると洒落にならない事を言う龍宮。
挙句の果てに、

「ごゆっくり。遅刻するようなら、適当に言っておくよ」

等と言って本当に出かけてしまった。
そんな、要らない気は使わなくていいのに。
私はため息をつきながら、ベッドに寝かせたお嬢様を団扇で扇ぐ。

先ほどの風呂場での事が、自然と頭に浮かんできた。
拭いた時のお嬢様の体のやわらかい感触は忘れられな……だからそうじゃない!
うう、冷静になってみればあの精神状態はとても危なかった。
あのまま何も無かったらきっとお嬢様に……ゴクリ。
うわああああああ!
うう、まだ落ち着いてないのか。つくづく私は修行が足りない。精進せねば。

兎にも角にも、お嬢様が無事でよかった。うん。
今はただそうとだけ胸中でとりまとめて置くことにしよう。深く考えると危険だ。お嬢様が。

「あれ……? せっちゃん……?」
「あ、お嬢様。お加減は大丈夫ですか?」
「もー。またお嬢様って言うー」
「へ? す、すいません」
「さっきやっと、このちゃんって呼んでくれたのに」
「あー……」

どうやらお嬢様、のぼせて気絶する直前のこともしっかりと覚えておられたようで。
あの時の事を考えると、顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。

「それに」
「はい?」

言葉を続けるお嬢様の頬が、少し火照ったように思えた。

「せっちゃんにやったらキスも、それ以上も、されてもウチ全然かまわないんよ……?」

!!?
一瞬、何を言われたか解らなかった。言葉の意味を理解した時には、
既に起き上がったお嬢様が、ベッドに手をついて近づいて来ている真っ最中で。

「だからな? せっちゃん……」

頬を染めながら私を見つめるお嬢様に、私は、私は……!


<終劇>