「龍宮さんおつかれー!」

派手な音とともに、窓から外に叩き出された龍宮真名を待っていたのはそんな言葉。
落ちていく真名が見たのは、少し離れた向かいの棟の緩やかな屋根の上。
そして、そこに座り込んでいる数人の姿。
今の言葉を発したのは、どうやら手を振る早乙女ハルナであるようだ。

「そう言う前に、落ちていくこの状況を何とかして欲しい物だがね」

言いながら、真名はどこからとも無く銃を取り出す。

「あー、ごめん。龍宮さんなら大丈夫かと思って」

別に悪びれた様子も無いハルナに向けて、間髪居れずに撃ち放った。

「まあ、大丈夫なわけだが」

弾の代わりに銃の口から吐き出されたのは、ロープのついた鉤つきフック。
上手く屋根の縁にかかったロープをたどり、すぐに上に上がってきた。

「だ、大丈夫ですか?龍宮さん!」

途端に慌てて駆け寄ってくるのは、本屋ちゃんこと宮崎のどか。
今回の作戦に、いつの間にやら巻き込まれてしまった、不幸な図書館探検部員のうちの一人である。

「ああ、大丈夫。特に怪我らしい怪我なんてしていないよ」
「でも、結構痛そうでしたし……」
「この程度で怪我をするような鍛え方はしてないさ」

微笑む真名に、今回こんな事になる原因を作った張本人、ハルナはあっけらかんと

「さすが龍宮さん。私だったらあんなのくらったら気絶しちゃうわ」

などと言ってのける。それに対して

「ははは。とは言え、痛くないわけじゃあないんだぞ?
 こんなわざわざ殴られるような指示をしたんだ。その分追加報酬くらいはほしいものだな」

笑いながら言う真名。しかしハルナも動じずに

「またまたぁ。行動自体はアドリブだし、あれかなり本気入ってるように見えたわよ〜?」

にこにことそんな言葉を返していく。
そんな二人を尻目に盛大にため息をつくのは、不幸な図書館探検部員その二。綾瀬夕映である。

「まったく。なんで私たちまでこんな、覗きまがいの事を」
「だってさ、折角相談されて作戦を教えたんだから。アフターケアもきっちりしないと♪」
「アフターケアって。一体何をするつもりなんですか」

ジト目でハルナを見上げる夕映。しかし、ハルナは笑みを崩さない。

「あー。刹那さん完全に動き止まっちゃったわ。やっぱりちょっと刺激がきつかったかにゃ〜?」

先ほど龍宮が叩き出された窓の方を見てそんな事を呟いてから、

「……っと、そりゃー何か問題があったときにすぐ駆けつけて、影から雰囲気を盛り上げるとか?」

などと言う。
深くため息をつきながら夕映は思った。こいつ絶対覗きたいだけだ……!と。

「そうは言っても、こんな向かいの屋根の上から一体どうやってすぐに駆けつけるんですか」
「そんな時のための助っ人じゃなーい」
「そういうことでござる」

ま後ろからかかる声。驚いて振り向けば、そこにはいつの間にやら長瀬楓の姿が。

「か、楓さんいつの間に……さっきまで居なかった気がするんですけど」
「いやいや、拙者はばっちり先ほどから此処に居たでござるよ」

ひょうひょうと言ってのけた。

「ちなみに報酬はプリン一つね」
「安っ!!」

ハルナの言葉に驚く夕映。しかし楓は照れたように笑いながら言う。

「一つと言ってもタライプリンでござる」
「タライ!?」

想像する。タライ、と言っても多分普通の洗面器などではなくて大きな金ダライだろう。
それ一杯のプリン……

「なんか胸焼けがしそうです」

思わずげっそりしながら、夕映は、手にもっていたジュースをすする。
パックに書かれた銘柄は、『特濃マンゴーしいたけジュース』
夕映殿には言われたくないでござる……と楓はひそかに思ったけれど。
口には出さずに心の中にとどめておいた。

「お!状況が動いたわよ!」

その時、屋上に興奮したハルナの声が響く。

「おお!?」

その瞬間、全員の視線が窓へと向く。
なんだかんだ言って、此処に居るほぼ全員が、みんな楽しく出歯亀しているこの状況。
夕映は、一人小さくため息をついて、パックに残った最後の一口をずずっと吸い上げた。

「そろそろ登校時間ですね」

呟いた声は青空に消え、その事に気がついて全員が慌て始めるのはもう少し後の話。