「こ、こんなときに限って信号機故障で電車が止まるなんて……!」

学校へと続く道のりを走り出しながら刹那は呟く。

「運が悪かったな〜」

焦る刹那と比較して、苦笑する木乃香にはまったく緊張感が無い。
やはり普段から、明日菜と一緒の登校でギリギリに慣れて居るからなのだろうか。

「こればっかりは事故やから仕方ないわ。事情を話せば大丈夫やって」
「しかし……」

刹那は思う。後せめて一本前の列車に乗れれば問題なく着いたはずなのである。
それが、自分が呆けていたばっかりに、お嬢様まで遅刻の危機に巻き込んでしまうとは。

「やっぱりだめです!お嬢様、失礼します!」
「ひゃあ!?」

一挙動で抱え上げ、路地に入って三角飛びで屋根までジャンプ。後はそのまま道を無視して全力疾走。
一駅前で降りたけれど、ほぼ直線距離で走るのならばまだ十分に間に合う目はある、と踏んだのだ。

「おお!?二人ともなんでこんな所に」

途中、同じく屋根の上を駆け抜ける非常識と遭遇。
刹那の全力に後ろから追いついてきたその非常識の名を、春日美空と言う。

「あれ、美空ちゃんや。おはようさん」
「おはよーっス。もしかして、またなんかあった……とか?」
「ううん、それがなー、せっちゃんが遅刻はだめーゆーて」
「あー、さすが桜咲さんだねそりゃ。真面目だわ」

抱えられた木乃香と走る美空は、遅刻の危機への緊張感などまったく無く世間話を繰り広げる。
段々急いでいる自分が馬鹿らしくなってこないでもないが、そこは堪えて刹那は走った。

「そういう美空ちゃんはどないしたん?」
「それがさー、陸部の朝練無い日の遅刻率が高すぎだってとうとう大目玉くらっちゃって」

話しながら、目の前を横切る通りを跳び越える。向かいの屋根に二人同時に着地 and GO。

「さらに今回の事故じゃ理由を言っても放課後シスターに怒られそうなんだよね。
 そもそももっと早い電車に乗りなさい!って。」

走りながら、頭の上に指を二本立てておどける美空。上がる木乃香の笑い声。
会話に参加もせずに真面目に走る刹那はちょっと泣きたくなってきた。
それは、一人だけ真面目に走る自分に対してか、それとも二人の緊張感の無さに、なのか。
さりげなく、三番目の「抱えたお嬢様に構ってもらえないから」というのが当たりかもしれない。

ともかく、一駅前からの全力マラソンも、そろそろ終わりが見えてきた。
最後に立ちふさがるのは正門前の大きな広場。一体どこに飛び降りようかと刹那が逡巡していると

「あっちあっち。あの広場隅っこの木オススメ。あそこなら門に立ってる先生からも見えないし」
「あ、ありがとう」
「それじゃお先っ!」

着地ポイントを指示した後、加速して先に美空が跳ぶ。
直後、刹那も

「お嬢様、掴まっててくださいね」
「OKや〜」

言って大きく跳び上がる。着地も見事、上手く大枝の上に……と思った瞬間、足元に崩壊音。

「わぁっ!」「きゃあっ!」
「あっちゃぁー……二人分の重量はきつかったかぁ」

墜落した二人の元に、声と共に美空が降ってくる。

「だいじょぶ?」
「ウチは平気やけど……」
「何とか……っ」

うめくように答えた刹那は見事に木乃香の尻の下。

「OKOK。全然大丈夫そうじゃないね」
「せっちゃーん!?」

慌てて退いた木乃香の下から体を起こす。
普通だったら流石に気絶もしそうな物だが。そこは流石の神鳴流剣士といったところか。

「だ、大丈夫ですお嬢様!まだいけます!」

そのままヤケクソで立ち上がり、木乃香を再び抱き上げて、門に向かって走り出す。

「うっわ。ガッツあるなあ。これも愛のなせる技、とかそーいうヤツなのかね〜」

いや、単にヤケんなってるだけかも?苦笑しながら呟いて、慌てて美空も後を追った。
門までの短い道のりの途中、

「せっちゃん、無理はイカンよ、もう遅刻大丈夫やから、ゆっくりいこ?」

木乃香は抱きかかえられながら手を伸ばす。

「いえ、でも」

迷う刹那の髪にからんだ常緑樹の葉を引き抜いて、にっこり微笑んだ。

「な?」
「う……では、門まで」
「うん♪」

そんな二人の後ろには、朝っぱらからお熱いこって、と肩をすくめた美空が続き、
そして、三人は門で他の遅刻間際の生徒達の波と合流する。
一気に階段を駆け上がり、途中で挨拶しながらネギを追い抜いて、なんとか教室へと滑り込んだ。

「おはよー、おそいよー!」「ネギ君もう来ちゃうよー!」

ホームルームが始まる前の喧騒に包まれた教室。三人は、なんとかたどり着けたことに安堵する。

「まにあった〜……」
「よかった〜。せっちゃん、ちゃんとまにあったえ。ありがとうなー?」

木乃香は、此処まで一生懸命に走ってくれた刹那に声をかける。しかし、反応が無い。

「……せっちゃん?」

居ない。いやちがう。力 尽 き て る 。

「うわっ!?桜咲さん倒れてる!?」「衛生兵!衛生兵!」
「それを言うなら保健委員でしょ!」「亜子ー!急げー!?」

教室に入った途端に前のめりにぶっ倒れた刹那に、入り口周りが騒ぎになる。
そこに丁度ネギが入ってきて

「皆さん、おはようございま……殺人事件!?」

叫んだ声が教室に響き、さらに騒ぎが拡大した。

「だ、だいじょうぶで……す……ちょっと走りすぎただけで……」

安堵で一瞬意識がdでいた刹那が、木乃香と保健委員の和泉亜子に支えられてそう呟く頃には、
既に教室中がてんやわんやの騒ぎになっていたとかいないとか。

なお、その後刹那は何とか復活して授業を受けたが、
午前の授業内容はほぼすべて記憶に無い、という惨憺たるありさまであったそうな。

そんな、刹那のとある誕生日、午前中のお話。