いつの間に眠ってしまったんだろう。
目を開くと、机の上に置かれたライトだけに照らされた薄暗い自室。
夕食後、部屋に戻ってコタツの中で茶を飲んでいたあたりから記憶が無いが、
無意識に潜り込んだのかもしれない。今居る場所はベッドの上。
一体何時だろう。なぜか少し痛む頭を振りながら身を起こす。
目覚し時計の在り処に向けて手を伸ばそうと動いた時、太もものあたりが柔らかい何かに触れた。

寝ぼけた頭で、なんだろう、と目向けたものの、そちらの方には布団の塊があるだけだった。
何気なく、その布団をめくってみる。

……見なかったことにした。

私は、元に戻した布団の塊に背を向けて、また寝転がる。ああ、これは夢。きっと夢。
だから早く朝になってください。いや、もう朝ですよね?きっとそうだ。
だから次に目を覚ました時にはもう朝で、目覚ましが鳴って私は何時ものように起きられるはず。

「せっちゃん……?」

小さくつぶやく声が聞こえて、背後でごそごそと音がする。
動く布団が時折背中にふわりと触れて、眠りに就きたい私の頭の邪魔をする。

「んー……?さっきなんや動いたみたいな気がしたんやけど」

小さな欠伸が聞こえて、またなにやらごそごそと音がする。

「あー、せっちゃん、布団から出てしもうたら風邪ひくえ」

先ほど起き上がってから、布団の外に出したままだった上半身が、暖かい何かに覆われた。
それからしばらく静かになって。やっと、再び眠気が私の頭に白く霞を掛け始めた頃。

「……ちょっとくらいなら、ええかな……」

とても小さな呟きが、私の耳に届いて消える。
つづいて背中にぴったりと、布団とは違う暖かい……きっと体が寄り添う感覚が。
さらに布団と体の隙間から、そっと両手が回されて、きゅっと優しく抱きしめられた。

今の状況は認識している。
正直、心臓の鼓動が先ほどまでより数段早くなっているのも解っている。
しかし、今更起きているのだ、と伝えてしまうのも少々居心地が悪い。
一体全体どうした物か。思っているうち後ろから、小さく寝息が聞こえ始める。

もうしばらく待ってから、気付かれぬうちに布団から抜けるか。一度はそうも考えた。けれど

「せっちゃん……だいすきや……」

寝息の間にこぼれた寝言。それが聞こえて、取りやめた。
その代わり、これは夢だ、きっと夢だ。私は再びそう思う事にした。だから、今だけなら。
この布団の中での小さな夢の間だけならば。
私はそこまで考えて、隣で眠る大切な人を起こさぬように、
体の向きを慎重に変えて、同じように両手を相手の背に回す。

そうすると、先ほどまでは、うるさいほどに跳ね回っていた心臓が、何故だかすっかり落ち着いた。
此処はとても暖かくて、とても幸せ。このままずっといられたらいい。このまま……
徐々に思考を眠気に絡め取られていきながら、私はそんな事を思う。
そして、最後に

「このちゃん。うちも、このちゃんがだいすきや……」

そう小さく呟いて、とうとう私の意識は眠りに落ちた。

―――

まぶたの裏まで差し込む光。普段起きる時よりも、それが少し明るい気がした。

寝坊したか!?頭が一気に覚醒する。
それと同時に、左腕に感じる重みと痺れ。一体なんだ。
思いながら、あわてて目を開くと、すぐ目の前に。

「お嬢様!?」

そう、お嬢様の顔が目の前に。
一体どういう事なのか、と、頭をフル回転して考える。
そういえば、と昨日の晩に思い当たったその時に。

「ふぁ……あ、せっちゃん、おはようさん」

私の声で目が覚めたらしいお嬢様が、眠たげな表情のまま、にっこり笑う。
思わず頬が熱くなって、それから急いで挨拶を返した。

「お、おはようございます!」
「それと」

お嬢様の言葉が更に続いて

「せっちゃん、お誕生日おめでとう!」
「……へ?」

一瞬、何のことかわからなかった。

「もー、何変な顔してるん。今日はせっちゃんの誕生日やえ?」

言われてはじめて気がついた。
自分の誕生日なんてすっかり忘れてしまっていたのだ。

「す、すいません」
「そんでなー?昨日の晩から、頼んで一日だけ部屋を交代してもらったんえ」
「ええ!?一体なんでまたそんな……」

驚く私に、お嬢様がにっこりと笑って言う事には

「あはは、せっちゃんに朝一番最初にお誕生日おめでとう、っていいたかったんや」

その言葉が、頭に、体に染み渡る。

「え、ええと、その、あ、ありがとうございま……」

感動したやら嬉しいやら、恥ずかしいやら驚いたやらで一体なんと答えていいやらわからない。
そんな私をお嬢様は抱きしめて

「それにしても、ウチびっくりしたわぁ。朝起きたらせっちゃんに抱っこされてて……」
「ぅあ!そ、それは……!!!」

昨日の晩、半ば寝ぼけてお嬢様の体に両腕を回したことまでは覚えている。
恥ずかしさのあまり逃げ出そうとして、背中がベッドの後ろの壁に突き当たった。

「すっごくうれしかったんえ?」

位置関係から見上げてくるお嬢様。
背中には壁、そして体に回された両手。逃げられない。

これは、もう、観念するしか……?

微笑むお嬢様の唇が近づいてくる。答えようと私も目を閉じて顔を寄せようとしたその時。

「刹那ー!起きてるアルかー?ちょとネギ坊主の修行の事で相談があるアルよー?」

開け放たれた扉。驚いて、思わず互いに顔を離す。

「どこに居るアルかー?……あ。」

ベッドの中から目が合った。比較的恋愛沙汰に関しては鈍感である、と言われる古菲も、
さすがにマズい所に居合わせたと思ったのかもしれない。
部屋の時間が止まりかけたその時

「ちょ、何やってんのよ古菲!」

数人が部屋の中まで走りこんできて、あっという間に古菲を回収して走り去った。

「あははは、このか、刹那さん、ごゆっくりー♪」

呆然とする私とお嬢様に、最後まで残った早乙女ハルナが、冷や汗をたらしながら、
こっちに向かって手を振った。
そしてそのまま部屋から急いで走り出していく。

「……ちょ!いつから覗いてたんですか!いつから!?」

姿が見えなくなってから、やっと金縛りから解放された私は、慌てて追いかけようと起き上がる。
しかし、ベッドから降りようとしたところで、寝間着の裾を掴まれた。

「あはは、追いかけんでええよ。それよりせっちゃん、続き、せえへん?」

そんな視線で見られたら……

お嬢様と、私は再び顔を近づけていく。今度こそ邪魔ははいらない、と思う。
さっきのさっきだったから、覗いている人も居ない、と思う。
私の十何回目の誕生日の朝、今度こそ、本当に二人きりで。

私達ははじめての口付けを交わしたのだ。