「ヴァレンティヌスの恋人達」

<双子・朝編> <銀薔薇編> <双子・昼編> <放課後〜夜編> <双子・放課後〜夜編> エピローグ  EX


「ヴァレンティヌスの恋人達」


とうとうその日の朝が来た。決戦の日の朝が来た…!

<双子・朝編>

翠「いってきますですよぉ!」
蒼「いってきまーす」

いつものように家を出た二人。
蒼星石は、例年の同じ日…2月14日と同じように、丈夫な紙袋を携帯しての登校だ。
別に学校に行ってから紙袋を出しても良いんじゃないか、と思うだろう。だがしかし…

蒼「…やっぱりみられてる…」

色々複雑な表情を含む苦笑いで歩く蒼星石
たまにちょろちょろと道の途中で見え隠れする二人と同じ制服の、もしくは他校の少女達。

翠「…まぁだ諦めてないですか!往生際の悪い小娘どもですぅ…!」

その少女達に聞こえない程度の小声で怒りをあらわにする翠星石。
大声で言わない分だけまだ多少は遠慮しているのかもしれないが、
その分小声に怒りが全て凝縮されているようで、逆に怖くて仕方が無い。

蒼「ま、まあしょうがないって。去年なんて、二人で歩いてる途中でも渡されたんだから…」

そう。今年は、金糸雀の情報のとおり、この前の公開告白騒ぎの噂が広まっているおかげで、
翠星石の威嚇がきちんと効果を表すようになっているのだ。
去年までは、たとえ翠星石が怒りの表情で周辺をにらんでいても、
お構いナシに少女達は突撃してきて、蒼星石にチョコを手渡しては逃げていったのだから。
しかし、今年は登校途中に何度もチョコレートを手渡されるということはなくなった代わりに、
周囲のこちらを伺う視線と…さらに翠星石の威嚇でかなり居心地の悪い登校になってしまっていた。

少女A「ぁ……」
翠(クワッ!)
少女A(ささっ!)
蒼「…あ、あのさ?翠星石…そんなに頑張らなくても良いから…
  いっそ受け取っちゃったほうがまだ楽に…」
翠(ぎらり)
蒼「…ごめんなさい」

普段はもっと強く出られる蒼星石であるのだが、なんというか…今日は気迫が違った。

蒼「…たすけて」

空を見上げてそっとつぶやいてみるが、救世主はあらわれず…

銀「はぁい♪蒼星石、翠星石」
薔「…」(シュタッ)

いや、現れてくれたかもしれない。蒼星石の胸に期待が宿る。
おねがい、この状況を何とかして…!
声に振り返れば、一昨日の買い物の時に見た自転車に、2ケツした水銀燈と薔薇水晶。
二人の横で速度を緩める。そして…

銀「はい♪チョコレートぉ♪」
蒼「…へ!?」

箱に軽いキスを落としてから蒼星石に手渡された見たような包み。
もちろん、数の多かったほうだ。
一昨日のことを思い出してかすかに頬をそめた蒼星石の後ろから、
地獄の底から這い上がってくるかのような声……

蒼「あ、ありがと……」
翠「…すいぎんとぅお……?」
蒼(…ヒィ!?)
銀「じゃあねぇ♪また後で教室で〜」
薔「…がんばれ」(グッ

そのまま、逃げるように再び自転車で走り去る二人。状況最悪。
あの二人は、まさに救世主の姿を模した悪魔だった。
しかも、その悪魔達の行動が火付けとなって、さらに状況は悪化していく

少女B「あ、あの!蒼星石さん、私のチョコレート、受け取ってください!」
少女C「私も!」
少女D「私も!!」

なんと、今まで翠星石の威嚇で近寄れなかった少女たちまで突撃を開始したのだ!

蒼「ぅ…ぁ…?あ、う、うん、ありがと…」
翠(ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴg)
蒼(うひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ…!)

勢いに押されて次々と受け取ってしまった蒼星石であったが、しかし次の瞬間に、
とうとう怒りの矛先が自分へと向かってしまったことをその気配に思い知らされる。

蒼(…水銀燈が言ってた、殺気で殺されそう、っていうのは、こういうことをいうのかな…)

恥ずかしそうに走り去っていった少女達を見送りながら、蒼星石は、恐怖のあまり涙も流せないまま、
うつろな笑みで学校への道を歩いていった…。

そして下駄箱。
校門前までの嵐も去って、多少は落ち着いてきた時に…それは見えた。

翠「なんデスかこれはああああああ!!」

翠星石のガードの厳しさによる被害その一。
下駄箱からあふれて積みあがるチョコレート。

蒼「わ、叫ばないでよ翠星石!」
翠「これがだまっていられるですかっ!!なんですかこのやまはっ!!」
蒼「きっとほら、登校途中で渡せなかったから下駄箱に…」
翠「そんなのはわかってるです!でも、その根性が気に入らないのです!!」

朝っぱらの下駄箱で、大声で怒る翠星石。

翠「面と向かって告白して!相手の答えを聞く勇気も無いくせに!
  そのくせ自分の気持ちだけ伝えたいなんて…なんてぇ根性ナシですか!!!」

それは、ある意味もっともな言い分ではあった。
泣くほど答えを聞くのが怖かったにもかかわらず、大声で、しかも皆の前で告白した翠星石にとって、
こういった告白の仕方はとても卑怯に思えるのだろう。

蒼「でもさ…多分こういうのって、翠星石が言うような告白とは
  ちょっと違った意味合いのが多いんじゃないかな」

辺りに散らばったチョコレートを、一つ一つほこりを払って、
あて先をきちんと確認してから紙袋に入れていた蒼星石は言う。

翠「じゃあなんなのです!」
蒼「えっと…多分、有名人とかにファンレターを送ったりするのと似たような心境?
  しかもそういう人たちよりも身近で…仲良くなるチャンスも多いから。
  だから、こうやって気持ちを伝えよう、って思うんじゃない?」
翠「それでも…やっぱり根性ナシに変わりは無いデスよ。
  これなんて自分の名前すら書いてないじゃねぇデスか…」
蒼「その辺は…まあ…」

それは多分、言い方は悪いが自己満足でやっている人なんだろう。
しかしその辺のことを言うとさらに翠星石を怒らせそうな気がして、とりあえずお茶を濁しておく。

蒼「ともかく、さ。」

自分宛のすべてのチョコレートを回収し終えた蒼星石が、立ち上がる。
一部、なぜか別の人宛のものが混じっていたり、あて先も何も書いていなかったものに関しては、
まとめて下駄箱の上に積まれている。

蒼「チョコレートをこんな形で…押し付けて逃げたり、そっと下駄箱に入れたりとかね。
  そんな風にもらったからって、そうそう人の気持ちが動いたりなんてしないっていうのは
  翠星石もわかってるんでしょ?」
翠「それはそうですけど…それでも、ムカつくですよ」
蒼「大丈夫、誰からどれだけチョコレートを一杯もらっても、翠星石が一番だから!」

にっこり笑って断言する蒼星石。これには、さしもの翠星石の怒りも一気にしぼんでいく。

翠「…しかたがないですね。チョコレートくらい認めてやるデス!
  ……帰ったら翠星石がそんな有象無象よりも絶対美味しいヤツを食わせてやるデスから。
  顔を洗って待ってるですよ!?」

頬を赤らめそっぽを向いて、翠星石はおとなしくなってしまった。
そして、その現場に居合わせてしまった、ある意味かわいそうな無関係の人々は…

生徒A(アンマァァァァァァァイッ!)
生徒B(俺、帰っても良いですか?マジ。もうさ。今日学校に居たくねえ)
生徒C(砂吐きそうだわ…)
生徒D(凄い世界ね…双子の姉妹同士で、さらに百合!純愛!まさしく禁断の世界だわ!
    これはもう次の文芸部の部誌に出す小説の内容は決ry)

…最後の一人のような人物はともかくとして、その場にいた8割がたの人間は、
この早い時刻にして、もう「おなか一杯」にされてしまったそうな。

<双子・朝編 終>


「ヴァレンティヌスの恋人達」


いつもとちがう朝が来た!思いを伝える朝が来た!

<銀薔薇編>

薔「自転車…?」
銀「うん。今日は荷物が多いから」

かばんと共に、何かがたくさん詰まった袋をカゴに乗せる水銀燈。
いつものように朝迎えに来た薔薇水晶は、横できょとんと見守っている。

薔「…なあに?」
銀「チョコレート」
薔(ガーン)
銀「義理よ、義理。男子達に頼まれちゃってね」
薔(コクコク)「…本命は?」
銀「それは秘密…さ、後ろに乗りなさぁい薔薇水晶」

上手くはぐらかされてしまったような気はするが、素直に後ろに横座り。

銀「ちゃんとつかまってなさいよぉ」
薔「うん…」

少し嬉しそうに、頬を染めながら薔薇水晶が抱きつくと、
自転車はだんだんと速度を上げていった。

途中、見覚えのある背中が二つ。速度を緩めて見てみれば…

銀「あら?あれはぁ…」
薔「翠星石と蒼星石」

この時期の双子の恒例といえば恒例なのだが、周囲の電信柱には、隠れて互いにけん制しながらも、
何とかして蒼星石にチョコレートを渡そうとする乙女達の姿が。
ちなみに隠れているといっても、こちらからはほぼ丸見えだ。
そして、そんな乙女達を威嚇する翠星石の姿もよくよく見えていた。

銀「また大変そうねえ。たくさんのお供つれちゃって。」
薔「翠星石が…頑張ってる」
銀「あらぁ。アレじゃあさすがに近寄れないわねぇ」

水銀燈は、面白そうにくすくす笑う。そんな時…

薔「恋には…刺激がつき物だ…」

ポツリとそんなことをつぶやく薔薇水晶。そして、少し背を伸ばして水銀灯へ何事か囁く。
すると、とたんに面白そうに目を細める水銀燈。

銀「いいわねぇ…渡したくても渡せない、シャイな少女達を助けてあげましょうか」

にやり、そんな表現が良く似合う笑みを浮かべつつ、二人は双子に近づいていく。

銀「はぁい♪蒼星石、翠星石」
薔「…」(シュタッ)
翠「おはようですぅ」
蒼「お、おはよう…!」

まずは挨拶。二人の様子を見ていると、やる気…というか、殺る気満々な翠星石と、
なにやらこっちに向けて「助けて!」という視線を送ってくる蒼星石。

銀(ごめんねぇ…今は私達、後ろの子達を助けてあげなきゃいけないのぉ♪)

心の中でかわいそうな…これからもっとかわいそうになる蒼星石に一応あやまってから、
複数買ったチョコレートの一つを取り出すと、ふと昨日頬をあからめた蒼星石を思い出す。
折角なので、キスの一つでもそれに落としてから蒼星石へと手渡した。
思ったとおりにちょっと顔が赤くなった蒼星石、そして凄い顔で睨んできた翠星石。
うん。思ったとおりの展開。仕上げに後方で隠れている子たちに視線を送って微笑んで、
あとは…逃げる!

銀「じゃあねぇ♪また後で教室で〜」
薔「…がんばれ」(グッ

こんなイタズラに自転車が役立った。あっという間にスピードを上げて、学校まで一気に走る。

銀「あはははは!ごめんねぇ蒼星石ぃ」
薔「…強く生きて…」

二人で、笑いながら学校へ向かう。
蒼星石が、上手く立ち回ってあの後の翠星石の怒りを沈めることが出来るように祈ろう。

学校付近までやってきた。普段は自転車通学ではないし、その申請もしているわけが無いので
本当ならば校内には置けないのだが、そこはそれ。堂々としていれば案外気づかれないものである。
難なく自転車置き場に置いてこれた。そして校舎までの道のりで…
中等部と思しき少女に声をかけられた。

少女E「あの!水銀燈先輩!これ…」
銀「あら、ありがとぉ」

チョコレートを手渡される。

少女E「受け取っていただいて、ありがとうございます!」

その少女は、深くお辞儀をしてから走っていく。後の方に隠れて見ていた友達と思しき女の子に
「良かったね、渡せて!」と声をかけられているのが見えた。

銀「私も案外人気があるのかしらねぇ…」

ひとりごちると、薔薇水晶は

薔「水銀燈はかっこいいよ」

そんなことを言う。そして、いつの間に出したのか、手にはチョコレートと思しき包み。

薔「あのね…私からも、バレンタインデー…」

頬を染めて俯きながら差し出された、薔薇水晶の気持ち。そのまっすぐな気持ちに、水銀燈は…

銀「…ありがとう」

優しく抱きしめることで、返した。

銀「あけてもいい?」
銀(こくこく)

中の箱を開けると、ちょっと形がいびつなチョコレートが、10個くらい。
かわいらしいラッピングを施されて入っていた。
普段料理というイメージとかけ離れている薔薇水晶。
家庭科実習の時の無残な姿に粉砕されたジャガイモがそれを裏付けているが、
ともかく、そんな彼女が頑張って作ってくれたのであろう。
水銀燈は、にっこり微笑んで、一つつまんで口に入れる。
とろけるように甘いチョコレートが口の中で解けて…

銀「…!!!?」

次の瞬間、口を押さえてのた打ち回った。

薔「…はずれ、ひいた?」
銀「ひょ…ばらすいひょう、ほれひったいなにひれはの…?」
 (ちょ、薔薇水晶、これ一体何入れたの…?)

やっと復活した水銀燈が、多少ろれつが回らなくなりながら質問する。
それに対して薔薇水晶は…

薔「ロシアンスピリッツボンボン…1/5くらいの確立で、中身はスピリタス…」
銀「すぴりたすぅ…!?」

酒というよりアルコールそのもの。火気厳禁な、火のつく度数のお酒である。
当たり前だが、普通は薄めて飲む。

銀「っていうかすぴりっつぼんぼんって…」
薔「ロシアンだけに、メインはウォッカ…あとはラムと…稀にウィスキー?」

それはむしろ当たりのほうが少ないのではないのか。
ウィスキー以外は、どちらも基本が度数40前後の酒である。

薔「家にあったお酒を使ってみた…スピリタスは、ラプラスのとっとき…」
銀(あの兎…!私を殺す気か…!!)

ひょうひょうとした兎の顔を思い浮かべて殺意の湧いた水銀燈であったが、しかし。

薔「真紅に…水銀燈はお酒が好きって聞いた…だめだった?」

心配げに上目遣いで見上げられては…ダメとはいえなかった。

銀「ううん、だいじょうぶよぉ…でも、おさけのあるこーるひょうじは
  ちゃんとみてつくってね…?」
薔「見たよ?…度数、高いほうがいいお酒なのかなって思って。
  一番高いの出してもらったの」

動きが止まる。風が吹きすさぶ。

銀「…こんど…ちゃんとおさけについておしえてあげるわぁ…」

ため息をついて、がっくりとうなだれた水銀燈。

薔「……」(しょんぼり)
銀「…いいのよぉ。ばらすいしょうが、わたしのことをおもってつくってくれたんだから。
  すっごくうれしいわ… ほら、これ。ほんとは、かえりにわたすつもりだったんだけど…」

薔薇水晶が手渡されたのは、バレンタインデーを過度に意識した他のチョコレートの箱とは違う、
少し小さな、おしゃれな箱。薄紫のリボンがかかって、深い青の包装紙につつまれたそれは…
なんだかとても水銀燈らしかった。

薔「ありがとう…!」

しょげていた薔薇水晶に笑顔が戻る。
それを微笑ましく見守った水銀燈は…

銀「じゃ、ちょっとみず…のんでくるわ…」

もらったチョコレートを仕舞って、慌てて近場の水のみ場まで駆けて行った。
大量に水を飲み、なんとか復帰した水銀燈であったが、しかし…

金「ちょっと水銀燈!お酒臭いのかしら!!未成年が朝からお酒なんて不健康かしら!!」
雛「ほんとうなのー!よっぱらいなのー!」
銀「事故よ…これはちょっとした事故なの。お酒なんて飲んでない…誓って飲んでないわぁ!」
薔「酔銀燈…ぽ」

彼女のこの日一日のスタートは、ちょっとした幸せな時間と、
そして友達の酒臭いコールからはじまることとなったのである。

<銀薔薇編 終>


「ヴァレンティヌスの恋人達」


そして時間は昼になる!戦い続く昼になる!

<双子・昼編>

ガードの厳しさ第二の被害であった、机の上のチョコの山も乗り越えて、
午前の授業。終わって昼休みである。

下駄箱の一件以来、翠星石はも大きく怒りを爆発させることも無く、
毎休み時間ごとに廊下に呼び出される蒼星石をおとなしく見送っていた。
そして、昼休みも始まる早々廊下に呼び出されてチョコを受け取る蒼星石。
列が出来るほどの人数が来ているわけでもないのだが、
置き逃げ、渡し逃げの連中と違って、この手の堂々と来る少女達には、
ある程度話をしなくてはいけない分対応に時間がかかっているらしい。
蒼星石は中々教室に戻ってこなかった。
所詮廊下なので、真紅達とお弁当を食べながらその様子は観察できるわけなのだが…

紅「どうしたの翠星石。そんなにお弁当をかき混ぜて。汚いわ。」

廊下でなぜか泣き崩れる少女に手を差し伸べている蒼星石。
それを横目に、緑色の箸をから揚げに力いっぱい突き刺し、乱暴に口に放り込んだ。

雛「うゅ〜…翠星石こわいの〜」
JUM「アレみてたらそりゃあ翠星石も複雑なんじゃないか?ドサクサで抱きついてるのまでいるし」
金「アレはちょっとやりすぎかしら…」
紅「でも、食べ物を粗末にするのは良くないことなのだわ。少しは落ち着きなさい。」
JUM「…っていってもなあ…」
銀「JUM〜♪」
JUM「ん?」

会話内容を聞いてか聞かずか、クラスの男子にチョコを配っていた水銀燈がよってくる。
そして、かわいらしい声音を装い、密着しそうなくらい接近してJUMにもそれを手渡した。

銀「はいこれぇ。もちろんほ・ん・め・いよぉ〜☆」
JUM「へーへー。ありがと」
紅「…!」(ばきぃ)

次の瞬間、真紅の手の中の箸が音を立てて真ん中からへし折られる。

金・雛((お…折ったーーーー!?))
銀「あら、どしたのぉ?真紅ぅ?」
紅「…水銀燈…後で体育館裏に来なさい」

二人で抱き合って震える金糸雀と雛苺を他所に、比較的冷静なJUM。

JUM「明らかに他と同じチョコじゃないか…冗談だろ。お前だって落ち着けてないぞ、真紅」
銀「そうよぉ。これで翠星石の気持ちがわかったぁ?」

どうやら、水銀燈は会話内容を聞いていたうえで真紅をからかいに来たらしい。

紅「そ、そんなのもちろんわかっているのだわ!
  ただ、こういうときは一人くらい冷静に指摘する人間がいたほうが良いと思っての…」

真紅は赤くなって否定したが、しかし水銀燈はニヤニヤと彼女を見ている。
悔しさに歯噛みしたところで、ふとそれに気が付いた。そしてニヤリと笑って後ろを指差す。

紅「…あなたも、翠星石の気持ちがわかっていなかったんじゃなくて?」

指された先に振り向く水銀燈。その先には…

薔「本命……」

小さな声でつぶやく薔薇水晶がいた。彼女はいつも通りの無表情にみえる。
だがしかし。水銀燈にはそれが泣く寸前だということがはっきりとわかった。

銀「あ、ほらぁ、今のは冗談だから!真紅をからかうための嘘よぉ、嘘ぉ!」

慌てて戻っていく水銀燈。
勝ち誇った笑みを浮かべる真紅に、なんだかな、と息をつくJUM。
そんな3人を他所に、怖いときは過ぎ去ったとばかりに談笑する金雛。
廊下を見ながらコロッケをポテトサラダ寸前の塊にまで分解再構成している翠星石。
遠くには、戻った水銀燈の背中に薔薇水晶がひっつくのが見えた。
休み時間らしく、状況は結構カオスであった。

蒼「ごめんごめん、色々説明してたら泣いちゃった子が居て時間かかっちゃった」

暫くして、やっと戻ってきた蒼星石。翠星石は、ほっとした表情になって彼女を迎える。

翠「蒼星石遅いですぅ!早くしないと弁当全部食っちまうデス!」
蒼「わかってるって。なんかさ、恋人が出来たって嘘ですよね!とか言われちゃって」
翠「で、どう答えたデスか。」
蒼「うん、もちろん嘘じゃないよって答えたんだけど。」

翠星石の隣に並んだ机を移動させてくっつけて、置いておいた弁当を取り出した。

蒼「あと、その人のこと、本当に好きなんですか!?とかさ」
翠「……」
蒼「好きじゃなかったら恋人になんてならないのにね。他にも色々言われたけど、
  素直に答えてたらその子泣き出しちゃって…難しいなあ。」

弁当を開きながら困った顔で頬をかく蒼星石に、翠星石は大きくため息をつく。
手を伸ばして、蒼星石の頭をなでた。

翠「蒼星石は…どうしょうも無い天然野郎デス」
蒼「野郎って…ひどいなあ」
翠「まあいいのです。さっきみた時はあの小娘、後で顔の一発も殴ってやろうかと思ったですけど…
  今回は蒼星石に免じて許してやるです」
蒼「またへんな騒ぎ起こさないでよ?」
翠「起こさないデスよ。あの小娘もかわいそうなヤツです…」

なでていた手を戻して、バラバラになったコロッケを箸で拾って食べ始める翠星石。
良くわかっていない蒼星石は、しばらくはキョトンとしていたが、
予鈴も近い時刻であることに気が付いて、あわてて食べ始める。
そんなバレンタインデーの昼休み。

<双子・昼編 終>


「ヴァレンティヌスの恋人達」


戦い終わって日も暮れて?いやいやこれから本番です!

<放課後〜夜編>

無事決戦の日も終わり、今は放課後教室内。
今日の成果を報告しあう男子達に、告白失敗失意の女子と周りに集うその友達。
どうせもらえないけど期待だけはしておきたい中途半端な表情の面子や
もはや諦めて、もしくは端から興味も無いといった風情の面々も多くいる。
こんな日にでも部活があるので、それぞれの得物を持って教室を出る面々も。
むしろ、そういった部活メン達はこれからが勝負なのかもしれない。
片手にチョコ持ち決意の剣道部女子、良いとこ見せるぜ!と気合を入れるサッカー部男子。
そんなそれぞれの気持ちが交錯しあうバレンタインデー放課後のこと。

JUM「あ、今日寄るとこあるから先帰るな!」

帰りの挨拶が終わったとたんにJUMは急いで教室を出て行ってしまった。
怪訝そうに見送る真紅と、にこやかに見送る蒼星石。

翠「あんなに急いで一体何なんですか?あのチビ人間」
蒼「ああ、それはね…」

翠星石のそばによって耳打ちする。

翠「ほぉ。チビ人間もたまにはやるじゃないデスか。見直すですよ」
紅「二人して一体何のひそひそ話をしているの?」
蒼「あはは、なんでもないよ」
雛「金糸雀ーーー!チョコ苺大福はー?」
金「あああ…ついに来たかしら…アレを出さなくてはいけない時がきたかしら…」
薔「チョコ美味しい…」
銀「歩きながら食べるのはやめなさぁい」

がやがやにぎわう中で、バレンタインデーをそれなりに恙なく終えた彼女達も、
それぞれで雑談し、そのうちに、三々五々家へと帰ってゆく。

蒼「それじゃ、僕達はかえるね。またあしたー」
翠「またあしたです!」
紅「ええ、またあした」

雛「おいしいのー♪」
金「本当かしら!幾多の失敗にめげずに作った甲斐があったかしら!
  この卵チョコは……あ、レアゲットかしら!ってなんでチョコエッグなのかしらー!」
雛「頑張って作った卵焼きチョコは巴にとめられたの…」
金「せめて普通の手作りチョコが欲しかったかしら…くすん」

薔「今日は水銀燈のおうちにお泊り…」
銀「へ?いつの間にそんな話決めてたのよぉ」
薔「昨日、水銀燈のお母さんに聞いた…許可、もらった」
銀「いつのまに!?まぁたあのおバカ母さんは、私の知らない間に…!」
薔「…だめ…?」
銀「う…そんなことないわよぅ。いらっしゃぁい」
薔「…わぁい♪」

・・・

雛&金コンビはいまだ教室で漫才を繰り広げていたので、
適当に挨拶して今は一人家路へ向かう真紅。
今日はこんな日であるというのにJUMは、何の用事があるのだか、先に帰ってしまった。

紅「…JUMはやっぱり、土曜日のことなんて忘れてしまったかしらね…」

先週の土曜日には、珍しくバレンタインデーについてなんて聞かれてしまったものだから、
つい、毎年不満に思っていた事を再び口にしてしまったのだ。
しかし彼は「そんな気障な事出来るかよ!」とそっぽを向いた。
まあ、あの調子では今年のバレンタインデーはこれで終わりだろう。
少し不満は残るものの、朝一で作ったチョコレートは渡せたし。これで良しとするとしよう。

家へ帰り着いた。
部屋着に着替えて、いつものように机に向かい予習復習を。
…折角バレンタインデーであるというのに、今日の私達は本当に普段と何も変わらない。
女子から絶大な人気を誇る蒼星石と、翠星石のペアは、
今日は一日…主に翠星石が色々と気が気でなかっただろうし、
水銀燈と薔薇水晶も、見た限り今日はいつもよりも少し距離が縮まっていたような気がした。
もしかしたら、水銀燈が朝から酒臭かったのも関係しているのかもしれない。
しかし、そもそも学校に酒を飲んでくるなんて。一体何を考えているのかしら、あの子は。
金糸雀と雛苺は、互いに恋人と認める相手こそいないものの、
それでも二人でチョコを作りあったりして友達同士のバレンタインデーを楽しんでいたようだ。

それなのに、私達は。

予習復習のためにノートを開いたはずなのに、
そこにはいつの間にか良くわからない幾何学的な模様が並んでしまっていた。

紅「あまり気分がすぐれないのだわ…お茶にしましょう」

ノートを閉じて、リビングへと向かう。台所に立ち夕飯を作る母と並んで、紅茶を淹れる。
葉を蒸らしながら香りを楽しんでいると、玄関のチャイムが鳴るのが聞こえた。
手の空いたらしい母はすぐにドアホンに出る。一体何かしら。
父が母に毎年送っている、花キューピットの薔薇の花束が今年も届いたのか。
受話器をもっていた母が、微笑みながら振り返る。

紅母「真紅。でなさい、JUM君よ」

JUMが?一体何でこんな夕方に。
慌てて玄関へ向かうが、出る前に一度大きく息を整える。
そして、普段と変わらぬように装って…

紅「JUM?一体どうしたの?こんな時刻に」

扉を開ける。するとそこには…真っ赤な薔薇の花束があった。

JUM「真紅…これ…」

そして、その後ろから頬を赤らめたJUMが現れる。
薔薇の花束を携えた紳士、というには服装がイマイチだけれども、
しかしそれは受け取る淑女の私だって同じ。

JUM「探してきてやったんだ。ありがたく思えよな…」

照れてそっぽを向きながら、差し出す姿に思わず笑みがこぼれた。

紅「ええ。ありがたく頂くわ」
JUM「そんな素直に言うなよ…照れるじゃないか…」
紅「ふふ。そうね…」

受け取った花束を改めて見る。薔薇だけじゃなくて、他の花もアクセントに使われた豪華なものだ。
嬉しい。豪華だからではなくて、この日に愛を意味する花を送ってくれたJUMの気持ちが純粋に嬉しい。

紅「折角だから、上がっていって頂戴。何も無いけれど…淹れたての紅茶ならあるわ」
JUM「あ、ああ。じゃあ、そうする…」

JUM。照れ屋だけれどとても優しい私の恋人。
あなたと一緒にいられて本当に良かった!

・・・

金「卵焼きチョコ、残念かしら〜」

帰り道の金糸雀と雛苺。
結局雛苺が持ってきたチョコエッグを寂しく食べた金糸雀は、
先ほどから同じセリフを何度も繰り返す。

雛「ごめんなのー。巴と一緒にチョコレートを作ったんだけど、
  味見をお願いしたら、これはもってっちゃダメ!っていわれちゃったの…」
金「…ある意味その反応がとても気になるかしら…」
雛「多分、まだおうちにあるから食べてみるなの?」
金「好奇心猫を殺す、とはいうけれど…やっぱり気になるのかしら!
  雛苺のお宅にお邪魔しますかしら!」

そんなこんなで雛苺の家。今は両親共にお出かけ中らしく、家は静まり返っている。
案内されて、台所にたどりつき、雛苺は冷蔵庫からソレを出してきた…

ソレは、混沌だった。こげた卵焼きの茶色と黒。それとチョコレートの色。
さらに赤い何かがまざった不気味な外観。

金「こ、これなのかしら……?」
雛「そうなのー!雛の自信作なの!」
金「…味見は、したかしら…?」
雛「甘くて美味しかったのよ!」
金「…そ、その言葉を信じるかしら……」

スプーンをとってその物体と相対する金糸雀。
この物体…なんてプレッシャーだ!スプーンすら近づかせないぜ!
金糸雀の広い凸に冷や汗が伝う。

金(ええい、金糸雀!食べるといっておいてここで食べなかったら女がすたる!
  負けるな好奇心!女は度胸!泉○ン子かしらぁ!!)

一気にスプーンですくって口に含む。

金「……」

そして、噛んで飲み込む。

雛「どうなのー?」
金「…………甘……」

甘かった。ものすごい甘かった。
甘党を自負する金糸雀にすら、甘すぎると感じるくらいに。
そう、まるで…煮詰めた砂糖にチョコを混ぜあわせたかのような味わい?

金「卵焼きに、一体何を入れたのかしら…?」
雛「お砂糖なのー!あとね、チョコと…苺ジャム!」
金「お砂糖、どのくらいいれたのかしら…?」
雛「いっぱいなの」

本当にいっぱい入れたのだろう。この卵焼きのひどい焦げっぷりも多分ソレが原因だ。
ここまできてやっと、金糸雀にはわかった。
巴さんも確かにこれを見せられたら、持って行けとはいえないだろう…きっと賢明な判断だったのだ。
なのに、好奇心でソレを食べに来てしまった私…

金「…くっ」
雛「どうしたのー?」
金「大丈夫かしら。少し自分の好奇心を呪っただけかしら!」

キョトンとする雛苺に、立ち上がって金糸雀は宣言する。

金「雛苺!明日から卵焼きの特訓かしら!
  これでは卵焼きではなくて卵の砂糖煮チョコジャムシロップかしら!!」
雛「ええーっ!」
金「雛苺に、みっちゃん直伝の美味しい卵焼きの作り方を余すとこなく伝授するかしら!!」
雛「これじゃだめなのぅ…?」
金「作れるようになれば、雛がいつも美味しいって言ってるあの卵焼きが
  いつでも食べられるようになるかしら」
雛「がんばるのー♪」

そして始まった金糸雀苦闘の日々。がんばれ金糸雀!まけるな金糸雀!
友の未来は君の双肩にかかっている……!

・・・

銀「ただいまぁ〜。ママー?」
薔「おじゃまします…」

水銀燈の家にたどり着いた二人。
玄関にて、今日のお泊り騒ぎの元凶を呼ぶ水銀燈であったのだが…返事は無い。
仕方が無いので居間へ様子を見に行くと…
テーブルの上においてあった紙一枚。ボールペンで記されたソレには、こんなことが書かれていた。

「銀ちゃんへ。ママはちょっと、今日は久しぶりに友達のおうちにお泊まりしてきます。
 だから…銀ちゃんも今日は薔薇水晶ちゃんと頑張ってね(ハートマーク) ママより。」

銀「………ぬああああああああああああ!!!」
薔「…どうしたの?水銀燈?」
銀「謀ったな…謀ったな!シャア!!!!!」

床に崩れ落ちながら…最近頓に薔薇水晶に影響されている気がする水銀燈のこのセリフ。

薔「…きみのははうえがいけないのだよ?」

そして、水銀燈の背中をなでながら無表情でそんなセリフを返す薔薇水晶。

銀「…そうね。なんか用法とか色々まちがってるっぽいけど確かに謀ったのはうちのママね…」
薔「…気にしてもしょうがない。ご飯の準備、しよ?」
銀「うん…」

その後、冷蔵庫に入っていた適当な材料でカレーを一緒に作りながらの会話。
まあ、一緒に、といっても実質作業のほとんどは水銀燈で、
薔薇水晶は主に鍋をかき回したり、言われた手順で野菜を突っ込んでいただけなのだが。

銀「まったくあの天然母親…!一体何処までわかっててこういうことするのかしら!もう!」
薔「この前、「いつでも養女にいらっしゃい。銀ちゃんの妹になってあげてね♪」…って言われた」
銀「養子縁組…っ!」

事態は水銀燈が思っているよりもはるかに進んでいたようだ。きっと母は全てわかってやっている。

銀「…理解がありすぎるのも、それはそれで考え物かもしれないわね…」
薔「…ぜいたくななやみ」
銀「まあねぇ…さ、出来た。ご飯炊けたぁ?」
薔「炊けてる。…でも、福神漬けとらっきょうがない…」
銀「あー…買いに行くぅ?」
薔「めんどくさい。いらない」
銀「そうねぇ」

結局、そのままご飯になった。一部見るも無残なガタガタのジャガイモやニンジンが入っているも、
ソレはそれで美味しいカレーに出来上がった。
…難点は、冷蔵庫の中のあるものを適当に使ったために、肉類がまったく入っていないことだろうか。

薔「このカレー…へるしぃ」
銀「肉は無いのに、なんでウナギが入ってるのかしらね。この冷蔵庫。」
薔「…ぽ」
銀「ぽじゃないっ!」

仕方が無いので、たんぱく質はそのウナギで、ということに。
食後、二人で居間のソファに座ってテレビを見る。

銀「ふぅ…結構美味しく食べられたわぁ」
薔「うん。水銀燈の手料理、美味しかった」
銀「薔薇水晶も手伝ったじゃなぁい」
薔「でも、ほとんど作ったのは水銀燈…」

すすすす、ぴと。水銀燈にぺったりとはりつく薔薇水晶。

銀「なぁに?」
薔「…なんでもない」
銀「そぉ?」

しばらくそのままでTVを見続ける二人。
たまに薔薇水晶が、ちらりちらりと水銀燈を見上げるが、しかしそれには気づいていない振り。
その後、風呂が沸いたのだけれども…

銀「薔薇水晶、先に入ってらっしゃぁい」
薔「…いっしょ」
銀「へ?うちのお風呂そんなに広くないわよぉ」
薔「…いっしょがいい」
銀「……」
薔「いっしょ…」
銀「…仕方が無いわぁ、一緒に入りましょうかぁ」

なんだかんだで薔薇水晶には甘い水銀燈。
とはいえ、一般家庭の風呂の広さなど高が知れているわけで。

銀「なんなのこの密着状態ぃ!!」
薔「ぎゅー…♪」
銀「く、わざとねぇ!薔薇水晶!ちょ、それ色々危ないから前から抱きつかないでまえからっ!!」
薔「じー…」
銀「上目遣いもやめなさいっ!!そゆことばっかりやってるとほんとに食べちゃうわよぉ!?」
薔「水銀燈になら…ぽ」
銀「…!あーもう、わかったぁ!わかったからお風呂はダメねお風呂は!のぼせる!おぼれる!」

結局、ゆっくり湯につかって休むことすら出来なかった水銀燈。
そして、うれしはずかしお風呂の時間後の、水銀燈の部屋。
ベッドの上には、ワクワクした表情の薔薇水晶。
そして、同じくベッドにこしかける、好きだからこそ手出しが出来ない水銀燈。
この対決、果たして一体どうなるか…!

結果が気になるところでございますけれど、ここから先は大人の時間。
今日の講釈はここで終わりとさせていただきましょう。
をや、この後が知りたい?どうしても?それならば…そうですねえ。
翌日は、なぜか二人揃って学校に遅刻してきた…と、これだけお伝えしておくことに。
真実は、皆様の心の中に、ということで…

それでは!「ヴァレンティヌスの恋人達」放課後〜夜編、これにて終了とさせていただきます!
次回、「ヴァレンティヌスの恋人達」双子・夜編もどうぞお楽しみに…

<放課後〜夜編 終>


「ヴァレンティヌスの恋人達」


夜が来る!夜が来る!思いを告げればすぐそこに!

<双子・放課後〜夜編>

蒼「ただいまー」
翠「ただいまーです!」

玄関を開けてすぐ、ドタドタと中に走っていく翠星石。
どうやら、朝の言葉通り、自信作をすぐにでも食べさせてくれるつもりのようだ。
蒼星石としても夕飯までは時間があるし、お腹もすいてきていたのでそれはかなりありがたいところ。
台所に行ってゴソゴソと何かを準備し始めた翠星石に声をかけてから、軽快に階段を上る。

蒼「じゃあ、僕は2階で準備して待ってるね!」
翠「OKです!今もってくです!」

部屋に戻ってまず準備したのが小さな折りたたみ式ちゃぶ台。
どうせお茶と一緒に食べることになるのだから、こういうテーブルがあったほうが良い。
そして、見つからないよう隠しておいたチョコレートの箱も取り出して並べておく。
水銀燈にもらったあれは…少なくとも、今飲むわけにも行かないので、別の場所に置いておく。
並べ終わって少し手持ち無沙汰。そういえば、隣の部屋に座布団もあったはず。
折角だからと取りに行き、見つかったのは、渋い抹茶と紺の座布団。
ここはやっぱり、抹茶色が翠星石かな。
…なんだかさっきからわくわくしてる。
翠星石、まだかなあ…

冷蔵庫からアレを出して、お盆に載せる。切り分けるためのナイフも忘れない。
この日のために、失敗しながら日曜をほぼ一日つぶして頑張った。
お菓子作りは結構好きだけど、これだけ気合を入れたのははじめてで。
去年も一昨年もその前も、やっぱり蒼星石にチョコは上げたけど、
そのときと今年とではやっぱり作る時の気持ちが違う。全然違う。
この自信作を見て驚く蒼星石の姿が早く見たい。
メインの準備は出来たし、あとはお茶。
残念ながら紅茶の葉は切らしていたので緑茶で我慢。
急須にお茶の葉とお湯を入れて、おそろいの湯のみも持って行く。

翠「よし、出来たです!」

大きなお盆に全てを載せて、いざ2階へ!

翠「蒼星石!もってきたですよ!」
蒼「わあ、すごいなあ…!」

翠星石が持って上がってきたのはホールの大きなチョコレートケーキ。
上には、ホワイトチョコではさみとじょうろと蔓草の絵が描かれている。
それを用意されたテーブルの上に並べて翠星石は言う。

翠「色々考えて、日曜一日かけて頑張って作ったです!ありがたくたべるですよ!」
蒼「うん、もちろん。ありがとう!」

それから、二人でケーキを切り分けて食べた。
外側はチョコレートで覆われていて固めだが、
内側のチョコレートクリームはふんわりとしていてとても美味しい。
注いでもらった緑茶をすすると、少しだけすまなそうな翠星石。

翠「紅茶は、探したけど見つからなかったです…だから緑茶です」
蒼「いいよ。逆に、このくらい渋い緑茶のほうがいいと思う」

両手で湯飲みを持った蒼星石は笑う。
そして、ひとしきり、たあいも無い雑談をしながらケーキを食べた二人。
さすがに全部は一度に食べられないので、残りはまた後で。

蒼「凄く美味しかったよ」
翠「あたりまえなのです!」

胸を張る翠星石。そして、その言葉が聞きたかったとでも言うように会心の笑み。
そういえば、と翠星石が言う。

翠「蒼星石も何か用意していたですね?」
蒼「ああ、うん、これなんだけど…」

横においてあった小柄な箱をあらためてテーブルの上に載せる。

蒼「でも、やっぱりケーキと比べちゃうとなあ…」

困り顔で笑う蒼星石。しかし、翠星石は…

翠「それは仕方が無いです。このチョコケーキは翠星石の超力作ですから!
  …それに、このチョコからだって蒼星石の気持ちが十分伝わってくるです」
蒼「翠星石…」

いつもの調子でふんぞり返った後に、少し照れながら微笑んだ。
そして、早速包みを開けて中を覗く。

翠「うわぁ…きれいです!」

中は、一つ一つが仕切りで区切られた、チョコレートアソート。
数は少ないけれども、一つ一つがとても美味しそうだ。

翠「色んな花と葉っぱの形をしてるですね。さすが蒼星石。良い趣味をしてるのです!」
蒼「ありがとう。これ、お店を探す時に水銀燈も手伝ってくれたんだよ」
翠「水銀燈が!あの性悪銀髪も中々やるかもしれないですね…」
蒼「性悪銀髪はさすがにひどいんじゃないかなあ…」

翠星石のいつもの口の悪さに苦笑する蒼星石。
一緒に笑いながらさっそくその一つに手を伸ばそうとした翠星石に、蒼星石が待ったをかける

蒼「あ、ちょっとまって」
翠「?どうしたですか?」
蒼「実は、チョコレートの食べ方を教わったんだけど…」

赤くなりながら言う蒼星石に、良くわからずキョトンとする。

翠「食べ方?」
蒼「えっとね…」

蒼星石が、向かい合って座っていた翠星石の隣に移動する。
そして、チョコレートのうち一つを取って口に含む。そのまま顔を寄せ…

翠「んっ…!」

翠星石の唇がふさがれる。驚いて体を引く翠星石だったが、蒼星石は抱きすくめて逃がさない。

翠「んあ…ぅ…!」

唇が舌でこじ開けられるのと同時に何かが口に押し込まれ、
チョコレートの甘さと強いミントの香りが広がる。

蒼「ん…ふ」
翠「ぷぁ…ちゅ…ん…ふぅっ」

そのまま押し倒されたような格好になって、翠星石は口の中を蹂躙された。
口の中で、最初はしっかり形のあったチョコレートが徐々に解けて形が無くなっていく。
最終的に完全に形がなくなり、仕上げとばかりに流し込まれた唾液とともに、
ミントチョコレートは完全に飲み込まれた。

蒼「…っはぁ…」

蒼星石が口を離し、現状に今気が付いたかのように慌てて翠星石の上から退く。

蒼「こ、こういう食べ方なんだけど……ダメ?」

真っ赤になって正座しながらそんなことを言う。

蒼「ほ、ほんとはやっぱり恥ずかしかったんだけど、翠星石の美味しいケーキに
  こんなちょっとのチョコレートじゃやっぱり釣り合わないと思ってつい…だめかな」

どんどん尻すぼみになっていく蒼星石の声。少しボーっとしながらそれを聞いていた翠星石は、
起き上がってにっこり微笑む。上気した頬と、かすかに頬を伝う唾液が色気をかもし出す。

翠「ダメなわけ…無いじゃないですか。残りも全部その食べ方で、です…!」


<双子・放課後〜夜編 終>


EP
そして暮れ行く決戦日 あふれる思いをあの人に
伝えることができました?
もしも出来ずに暮れたなら 今からだって遅くは無い
花持ちチョコ持ちあの人へ 送ってみてはいかがでしょう

さてさてこの日は終わりを告げる それぞれ過ごした乙女達
たとえ月日は過ぎようと この日の記憶は永遠に
忘れる事は無いでしょう
続く毎日に花添える 素敵な記憶となるでしょう

これにて今日の物語、『ヴァレンティヌスの恋人達』終わりとさせていただきます。
それでは次にはまた別の話でお会いいたしましょう。

『ヴァレンティヌスの恋人達』―終劇―


ExtraStage
これは、双子の語られていないバレンタインデーの物語。
正史には残されぬ夜のお話。もちろん、そういう描写を多少は含んでおります。
それを理解したうえでご覧になりたい方は、こちらへどうぞ。


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