『最近頓に周囲の状況に追い詰められているような気がします。色々と』by刹那


「せっちゃん、待たせてごめんなー」

軽くはだけた浴衣の襟。上気し、薄紅に染まる頬。
風呂上り、濡れた黒髪も艶やかに、微笑むお嬢様が近づいてくる。
床に敷かれた座布団の上、座した私はその艶姿から目が離せない。
気がつけば、すぐ隣には腰を下ろしたお嬢様。かすかに触れた肩から伝わる肌のぬくもり。
漂う香りは、シャンプーのものか、それともお嬢様自身のもの?
振り向く笑顔と目が合って、気恥ずかしさから思わず視線を下に逸らせてしまう。
すると、見えてくるのははだけた浴衣の襟元で。
かすかに覗く頬と同じく上気した胸元が、柔らかそうな佇まいで私を誘っ……

待て!ストップ!ちょっと待て!
落ち着け、落ち着け、とにかく落ち着くんだ私!
思わず雰囲気に呑まれそうになって居たけれど、別にお嬢様は何気なく隣に座っただけで
きっと他意はない、他意はないはずなんだ!そもそも私の隣に座布団は無かったはずで、
自分だけ座布団に座ってお嬢様に座布団が無い事にすぐ気がつかないなど、なんたる不覚!
切腹もので……ってちょ、ま、ダメですそんなに体を密着させたら!?

「う、あ!ちょ、お待ちください今座布団を!」

やっとの事でそれだけ言って、片手を付いて膝立ちになる。しかし。

「ええよ。別に座布団なんて」

言葉とともに、腕をとられて座らせられた。抱きしめられた右腕が、柔らかい感触に包まれて……

「え、そそそんなわけには!ではせめてこの座布団を!!?」

頭の中をじわじわと蝕んでくる邪な考えを振り切るように、体を動かし、座布団から退く。
が。それがまずかった。

「ひゃ!?」
「わ!?」

身を引いた拍子に、腕に抱きついていたお嬢様がバランスを崩して倒れこんできたのだ。
反射的にお嬢様をかばうように抱きとめる。
思わず両手を出してしまったおかげで背中を少し打ったけれども、そんな事よりお嬢様だ。
慌てて肘をついて身を起こす。

「すいませんお嬢様!……!?」

言ったところで、状況に気付く。
互いにはだけた浴衣の前面。密着する体と体。

「せっちゃん……」

私は感じる。何かもう限界が迫っているとかそんな事を。
一体何が限界なのかとかそんな事を考えてる余裕なんて無いくらいに限界だ。

こちらを見上げたお嬢様は、頬を赤らめ、瞳を潤ませ、私の背中に手を回す。
そんな辺りでとうとうゲージが振り切れて、色んな何かがぶちぶちと、ちぎれはじめた音がして。
熱に浮かされた頭の中で、ダメだ、ダメだと思って居るのに体がまったく止まらない。
私の制止を聞かない両手は、そのうちとうとうお嬢様の浴衣を脱が……

―――

「わあああああ!!?」

自分の叫びで目が覚めた。そこは見慣れた寮の一室ベッドの上。

「ゆ、夢……?」

先ほどの、夢の内容がよみがえる。そう、私は夢の中とは言えお嬢様にあんなことを。

「何だ。唐突に叫んで飛び起きて」

自己嫌悪に陥りそうになったところで、横から冷静な声がかかる。
そちらを見やれば、呆れたような顔で見下ろす龍宮が。
向かう机に広がっている金属製のパーツを見るに、どうやら銃の手入れでもしていたのだろう。

「ああ、いや。ちょっと変な夢を」

少し落ち着いた頭を振って、大きく息をつきながら答えた。
すると、肩をすくめた龍宮曰く。

「そうか。さっきから、にやけたような幸せなような表情でうなされてたからな。
 一体どんな夢を見ているのかと思ったよ」

そんな顔で寝てたのか私。思わず頭を抱えて小さくうなる。

「ついでに寝言もいくつか聞こえたが」
「は!?」

慌てて振り向くと、特に気にしても居ない様子で銃の手入れを続けている。
しかし、じぃっとみても、視線が合わない。いや、意図的にハズしている?
起き上がって近づくが、今度は後ろを向かれてしまった。

「ちょ、いったい何を聞いた!?」
「気にするな。聞かなかった事にしといてやる」

視線を合わさないままに逃げられる。

「ほんとに何を聞いたんだああああ!?」
「はっはっは。冗談だ。何も聞いてないぞ?」
「ごまかすなーーー!!」

しばらくの間はぐらかされて、やっと龍宮が振り向いた。

「ま、『お嬢様』もほどほどにな」
「やっぱり聞こえてたんじゃないか……」

肩を落として息をつく。今後はもっと気を引き締めよう。

「まったく。無駄に汗をかいた。風呂に入ってくる」
「ああ。まだ随分早い時刻だからな。ゆっくり入ってきて大丈夫だぞ」

身支度をして、動じない顔の龍宮に適当に手を振ってから扉を閉めた。
早朝の、冷たい空気が肌を刺す。
身が引き締まるこの寒さが、少々火照った頭には丁度いい。
誰ともすれ違わずに大浴場の入り口に着く頃には、私はすっかり平常心を取り戻していた。



しかし、私はこのとき気付けなかった。危機がすぐ近くまで迫っていた事を。
そう、この時の最良の行動は、「平静に戻った時点ですぐ部屋に引き返す」だったのだ。

かくして、浴場の扉をくぐってたったの10分後、
私は自分の判断ミスを、全力で恨むことになるのである……。

次回に続く!?


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