<前回までのあらすじ>
朝、踏み切りの向こうに何かを見かけてから調子のおかしい水銀燈。
薔薇水晶は、真紅の話を聞いてそれが水銀燈の過去の想い人である可能性に思い当たる。
戻ってきたその人に居場所を取られるのではないかと不安になる彼女であったが、
真紅とラプラスのはげましにより、次第に元気を取り戻していく。一方その頃水銀燈は…
「The girls of rumor」第3話「過去との遭遇!前編」
商店街をぼんやり歩く水銀燈。夕暮れも近い商店街は、そこそこの賑わいを見せている。
向かいたい場所は、ここを抜けた先にある。
今朝踏切の向こうに見たあの姿は確かに彼女であり、
その姿を遠目に見たとき、私はやはり彼女にもう一度会いたいと思った。
そして私は会えるかどうかなんてわからないにもかかわらず、今この道を歩いている。
なぜなら、彼女との思い出が色濃く残る場所は、今はもう数少ない。
だから、会えるならばなんとなくこの先の場所である気がしたのだ。
けれども、そこでもしもまた会えるとしても…
…私が彼女にあえたとして、一体、どう、したいんだろう。
どうするつもりで、この道を歩いているんだろう。
歩きながら、ふっと昔のことを思い出す。彼女と出会ってから、別れるまでのこと。
もう4年近く前の話であるけれど、思い返してみればその記憶は鮮明だった。
彼女に初めて会ったのは、小学校6年生の冬。病院で私が入院してた時のことだったと思う。
平日の昼間、特に痛かったり動けないということも無いのに
出来ればベッドに寝ていなさい、などと言われていても、やはりどうしても暇を感じてしまうものだ。
そもそも今までずっと寝ていたのに、再び寝ることなんて出来やしない。
それでも暫くは寝転がっていたものの、白い天井はもう見飽きた。
持ってきた本やマンガもあらかた読んでしまったし、テレビも昼間はつまらない番組ばっかりだ。
だったので、パジャマの上にカーディガンを羽織って、病室から出てふらふらとその辺りを歩き回る。
何か面白いことは無いかな、と見てまわりながら。
そんな時、私がいたのと同じ個室の病室が並ぶ辺りで、小さく歌声が聞こえた。
なんだろう、と見回すと、一つだけ扉の隙間が開いていた病室がある。
近寄ってそろりと隙間をひろげてみると…そこには綺麗な女の子がいた。
いや、後ろを向いていて顔はわからなかったけれど、その髪が。
この、私の生まれつき白っぽくて煩わしい髪とは違った、きれいな漆黒の長い髪が。
私の目にはとても綺麗に写ったのだ。
思わず見とれながら、私は彼女の歌を聴いていたのだが…しばらくして
?「誰っ!」
彼女が、叫びながら振り向いた。
後姿や歌のはかなげな様子とはイメージの違う、
気性の激しそうな声と言葉に驚いて、思わず尻餅をつく。
扉はその拍子に大きく開き、彼女の方からも私の姿が丸見えになった。
銀「いったぁ〜…」
?「あなた、誰?」
お尻をさすりながらうずくまる私に、彼女は今度は不思議そうな様子で話しかける。
振り向いた彼女はやっぱり、思ったとおりに綺麗だった。そんなことを思いながら、私は答えた。
銀「水銀燈よぉ。あなたこそ、一体誰なのぉ?」
?「水銀燈。面白い名前ね。私は…めぐ」
先ほどの声の気性から考えて、覗いていたことを怒られるかと身構えていた私に、
彼女は別に怒るでもなく微笑んだ。
め「そんな所で覗いていないで中に入ってきなさいよ。一人で退屈していたの」
その手招きに応じて、私は病室に入る。扉は暫くして、勝手にしまった。
彼女の病室は、白かった。私がいた病室は、お母さんや、真紅やJUM達が持ってきてくれた
本や花やぬいぐるみなどのお見舞い品でそれなりに色々なものがあったのだが。
彼女の病室には目に見えてそれらの数が少なかった。
あえて言うならば、一番目だったのは、黒い羽の生えた白い兎のぬいぐるみ。
彼女の枕元に置かれた中くらいのサイズのそれは、この部屋の中では多分一番色の濃い物だった。
もちろん、彼女のその綺麗な黒い髪を除いて。
め「…めずらしい?病室はどこも似たようなものだと思ったけれど」
銀「ううん。そういうわけじゃあないんだけどぉ…」
歩いて彼女のベッドサイドまで近寄りながら、部屋を観察していたのをごまかすように聞く。
銀「そういえば、さっきの歌。何の歌なのぉ?」
め「…秘密」
銀「けちぃ」
むくれて見せた私に、ふふふ、と楽しげに笑う彼女。
そのあと、ベッドサイドの椅子に腰掛けた私とベッドに座った彼女は、
お互いの事について自己紹介がてらに他愛も無い話をした。
彼女曰く、この病院に今入院している人には同年代の子がほとんどおらず、
話し相手に困っていたらしい。
銀「友達がお見舞いに来たりとかしないのぉ?」
思わず何気なく言ってしまい、その後すぐに後悔する。
そんなことを言えば相手を傷つけるかもしれない、そんなことは良くわかっていた。
銀「あ、ごめんねぇ…えっと、そういう意味で言ったわけじゃぁ…」
何がそういう意味なのか。変な質問をしてしまった自分に怒りを覚えながらしどろもどろに
言い訳をしようとする。
それすら逆効果なことにも思い当たるが、いまさら取り消すこともできない。
しかし、彼女は気にした風もなくこう答えた。
め「私、昔っからからだが弱くて。せんてんせいなんとか…って病名らしいんだけどね。
それで、家に居てもあまり外に出られなかったし、学校も飛び飛びにしか行けなかったから…」
友達って言えるような友達がほとんど居なくって。
彼女は、ほとんどと言っているけれど、実質居ないようなものなんではないかと思う。
私だって友達は多い方ではないけれど、それでもここから家が近いこともあって、
真紅とJUMがしばしば見舞いに来るし、その度に何かしら物が増える。
真紅なんて、大事にしているくんくん探偵のぬいぐるみを、
紅「あなたが病院で夜怖くて泣いちゃったりしないように!
このくんくん探偵を貸してあげるのだわ!」
なんて憎まれ口をたたきながら置いていってくれた。
それにお母さんも毎日様子を見に来てくれるから、病室だってほとんど寂しくない。
しかし、それと比べて彼女の病室のこの白さ。
それは、イコールでこの病室に訪れる人の少なさを表しているようでもあったし、
彼女の寂しさを表してるようでもあったと思う。
それで私はとっさにこんなことを言ったのだ。
銀「だったらぁ、私が友達になるわぁ」
め「え?」
銀「折角知り合ったんだから。友達にならないともったいないわぁ」
にっこり笑いながら言う。
め「うん…そうね。ありがとう」
最初は戸惑っていた様子の彼女。しかし、それもしばらくして微笑みに変わる。
その後、私達は二人で色々なことを話した。
看護婦さんに見つかって、検温の時間だから病室に戻るようにと怒られるまで。
それから、一ヶ月ほどたって私の退院も近づいてきたある日。
め「このぬいぐるみ…あなたにそっくりだと思わない?」
初めて私がこの病室に来た時に、一番気になったあの兎のぬいぐるみだ。
どうやら大切にしているもののようで、たまに看護婦さん相手にヒステリックに当たることのあった
彼女だが、それだけは投げつけたりすることもなく、いつも彼女の枕元に変わらずに置いてあった。
そのぬいぐるみを抱き上げた彼女は、私とそれを並べるように手を伸ばして持ち、眺める。
銀「そうかしらぁ?」
め「ええ。このふわふわの白い毛色も、綺麗な赤い瞳も、とってもよく似てる」
銀「そんな風に言われると、照れるわぁ」
私が思うに、彼女の方がよっぽど綺麗だ、と思う。その綺麗な黒い髪に、同じ色をした黒くて深い瞳。
整った顔立ちに、儚げな雰囲気。
銀「ああ、でも残念だけど私には、その黒い羽は生えてないわねぇ」
め「…そうね。でも、私が初めてあなたに会った時、背中に羽が生えているように見えたのよ。」
銀「なにそれぇ」
め「私の、今まで何も無かった暗くて寂しい人生に、光と彩を与えてくれる天使のように見えた…
ってことよ」
芝居がかった言い回しをしながら、笑う。
そういえば、そんな台詞が私が彼女に貸した小説にあったような気がする。
なんだか時代がかった恋愛物の小説だった。
もう読むものが無い、とぼやいていた時にママが持ってきてくれたものだ。
クサい陳腐なストーリーだ、とはじめはバカにしていたものの、読み始めてみると存外に面白かった。
それで、読み終わってから彼女にも貸して見せたのだ。
そこまで考えてから、先ほど彼女が読んだ台詞の続きを思い出す。
銀「で、その後は、私は好き…だったっけぇ?」
め「そうそう。「私は好き。あなたが好き。裕一郎」…ってね。」
あの話、最初は何この古い話、って思ってたけど途中から面白くなるのね」
銀「うんうん、私も思ったわぁ」
そう、あの本の台詞だった。今朝の夢の中で姿のぼやけた彼女が発していたのは…
ともかく、そんな会話があってからしばらく。私は晴れて退院することになった。
彼女の方はまだ暫く退院までかかるそうではあったが、
私が春から通うことになっている中学校の、彼女は今一年生だそうだ。
入院のために出席が足りなくて、また一年生を繰り返すことになりそうだから、と苦笑しながら言う。
つまり、春からは同じ学年として学校で過ごせるらしい。
その話に、ちょっと悪いかな、と思いながらも私は素直に喜んだ。
退院して、この一月ほとんど毎日一緒に話した彼女にあまり会えなくなるのは寂しかったが、
春になったらまた学校でも会える、と思えばそんなに辛くはい。
私は彼女に手を振って病院を出た。
銀「また今度お見舞いに来るわ!それに、春からはあらためてよろしく!」
結局、彼女が退院できるまでには数回しか見舞いに行くことはできなかったが、
しかし穏やかに時間は流れて春は訪れた。
中学の入学式。JUMや真紅ももちろん一緒で、3人また一緒だね、と笑い合った。
そのときに、めぐの話も二人にした。二人ともお見舞いに来ていた時に彼女には会っていたから、
同じ学校で一緒に過ごせることを喜んでくれた。
学校が始まって1学期、2学期。この頃までは、めぐがやはりちょくちょく休んでしまうことを除けば、
何事もなく今までのように過ぎていった。しかし3学期に入ってから状況が少しずつ変わってくる。
それはまず、JUMが、他の男子達と共に過ごす時間が増えてきたこと。
当たり前と言えば当たり前なのだ。
思えば小学校の中〜高学年の頃から、男子と女子はそれぞれに別れてグループを作りはじめた。
そこでまだ小学生ならば一緒に遊んだりもするのだが、
中学校にまでなってくるとお互いに気恥ずかしさが先に立ってくるのだ。
そんな流れでJUMが少し今までよりも離れて過ごすようになって来た頃に、真紅が悩み始める。
そう。お年頃の少女の恋の悩み、っていうやつだ。
そもそも、真紅がJUMの事を好きであろう事は、傍から見れば結構わかりやすかった。
JUMを過度に邪険に扱ったり、かと思えば、何かと心配して彼の事を気遣ったり。
元来相手が好きであるほど偉ぶって接してしまう不器用な性格の彼女の事だから、
態度を見るだけでもやはり彼女の一番はJUMだった。
私もめぐも一時期は色々とお節介を焼いた。
二人で会える機会を増やしたり、時にはわざとJUMに抱きついて見せて、嫉妬心をあおったりもした。
結果…であるかどうかはわからないが、3学期の中ごろに、真紅はJUMに告白をした。
その後は、自然に真紅はJUMと。私はめぐとすごす時間が増えて行った。
別にそんなに大きく気を使ったわけではないのだけれど、自然とそうなっていったのだ。
その頃から…いや、正確に言えば真紅が告白して、JUMと二人で戻ってきた時からか。
私はなんとなく自分の気持ちに気が付き始めていた…
<次回予告>
水銀燈の回想シーンがとうとう真相に迫る!
別れた元カノ、めぐとの間には一体何があったのか!
薔薇すぃ探偵の鋭い推理が水銀燈に光をもたらす!?
薔「今回は探偵…帽子とパイプと麻薬がトレードマーク…」
紅「何を言っているの!探偵と言えばくんくんに決まっているのだわ!」
銀「あなたも昔っから好きねえ…」
JUM「よろしくんくん!…ってなんで僕がくんくん探偵の真似を…
前回は人の入浴シーンを全国放送しようとしてたし…」
金「過去の事は水に流すのが良いかしら!一部のお姉さんに喜ばれるかもしれないかしら!」
JUM「それってどうなんだよ……」
紅「次回「The girls of rumor」第4話「過去との遭遇!後編」次回も…よろしくんくん!なのだわ」
注:次回予告は、多分当たるような気がしなくもありませんがしかし予定は未定です。